3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜

最終話.家族


__一ヶ月後。


冬の厳しい寒さが完全に過ぎ去った頃、春の異動によって私は楓さんの言った通り無事都内のホテルに戻る事が決まり、軽井沢リゾートホテルの方達に温かく見送られた後、再び瀬名さんや桜井さんや御子柴マネージャーに会うことが出来、危うく涙腺が緩みそうになるのを何とか堪えた。

「美守先輩、本当に良かったです。もうずっとずっとこの日を待っていたんですからっ!」

けど、そんな私とは裏腹に、自分の感情を包み隠さず曝け出して遠慮なしに涙を溢しながら喜びを表す桜井さんが可愛くて、思わず笑みが溢れてしまう。

「そう言って頂けると、とても有り難いです。おそらくまだ大半の方々はこの異動に混乱しているでしょうから……」

こうして身近な方々は素直に喜んで下さっているけど、事情を何も知らない人達は問題があって飛ばされた人間が僅か半年で返ってくるなんて、前代未聞の事態にかなり困惑していると思う。

「そんなの関係ないでしょ。天野さんはいずれ東郷になるんだし。そうなったらもう誰も文句なんて言えなくなるから」

しかし、そんな私の不安を払拭するように断言してきた瀬名さんの爽やかな笑顔から、何故か毒を感じるのは気のせいだろうか。

「本当に財閥家の妻になるなんて羨まし過ぎますよ。その婚約指輪だって教えてくれた銘柄を調べてみたら、全部数百万単位でしたよ」

「えええっ!!?そそそうなんですかっ!?」

すると、いつの間にやら泣き止んでいた桜井さんは、今度は目を輝かせて私の左薬指に付けている指輪を見ながらさらりと教えてくれた衝撃的事実に、私は職場であるにも関わらず思いっきり大声を発してしまった。

「どどどどうしましょう!そうとは知らずにこれまで平然と付けて過ごしていたなんてっ!?」

知らなかったといえ、新車一台は買える程の高価な物を付けながら家事やら何やらしていた自分が今になって恐ろしく感じ始め、体の震えが止まらなくなる。


楓さんと再会して以降、軽井沢にいる間合間をみては彼は何度か私に会いに来てくれた。
その中で以前彼が宣言した通り、軽井沢の豊かな自然に囲まれた、とても静かで風情がある高級フランス料理店を貸し切って楓さんはこの婚約指輪と共に正式にプロポーズをして下さった。

その桁外れな演出に始めは恐れ慄いてしまったけど、あの日の夢のような出来事は今でも忘れない。
その時楓さんがプレゼントしてくださった婚約指輪は、中央に少し大きめのダイヤ付いていて、その脇には小ぶりのダイヤが一つずつ飾られたとてもシンプルなデザインで、それから仕事の時以外はほぼ毎日のようにこの指輪を付けて過ごしてきた。

かなりの輝きなので、その美しさに毎日魅了されながら、こういう物に疎い私は漠然と高価な代物なのだろうと思って特に値段は調べなかったけど、想像を遥かに超える金額だと知り、改めて彼の金銭感覚に驚愕してしまう。


「これは金庫にしまって丁重に保管しなくてはいけませんね」

それから、この指輪の価値と一緒に左薬指が一気に重く感じた私は、震える手でそれを外そうとしたところ、慌てて桜井さんはそれを阻止する。

「いやいや、折角なのでそのまま付けましょうよ。それに急に外したら彼だって悲しむでしょうし」

そして、冷静に突っ込まれた上、とても説得力のある最後の一言に、私は何とかそこで踏み止まった。
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