3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
「初めまして。東郷楓と申します。本日はお忙しい中お時間を作って頂きまして、誠にありがとうございました」
リビングでは白いワイシャツに黒いスラックス姿の父親が待機しており、全員揃ったところで楓さんは手土産を渡した後、両親に向かって深々とお辞儀をして軽い挨拶をした。
「話は聞いてるよ。まさかあの東郷グループの御子息がうちの娘と結婚するなんて今でも信じられなくてね。しかも、こんな美形な方だなんて。何でも出会ったきっかけがホテルみたいだけど、そんなに娘の接客が良かったのかな?」
すると、席に着くや否や父親は笑顔で冗談混じりに尋ねると、楓さんはとても穏やかな笑みを浮かべながら首を縦に振る。
「はい。彼女の献身的なおもてなしに心を打たれました。彼女は我が社においても理想的なホテルマンです。なので、名前の通り誠実で礼儀正しくて謙虚な美守さんとの結婚をお許し頂きたく伺った次第です」
そして、私の勤務態度を評価して下さった上に、あろうことか名前の由来まで持ちかけてきて、嬉しさと恥ずかしさで私は頬に熱を帯びながら思わず視線を下へと落としてしまった。
「まあ、そこまで理解して下さっているなんてとても有り難いです。楓さんも次期代表の座に就く立場とあって、とても実直そうな方で安心しました」
母親が名付けてくれたことを知ってか知らずか。そこに触れることで、見事一瞬にして厳格な母親の心を鷲掴みにした楓さんの話術には改めて感心してしまう。
「……ただ」
しかし、喜んでいたのも束の間。笑顔を見せていた母親の表情が一変して影掛かったものへと代わり、ポツリと呟いたその一言に私の肩はびくりと小さく跳ね上がった。
「美守にはそれなりの躾を施してきたつもりですが、所詮ただの一般家庭で育った娘です。なので、果たして日本経済を支える大それた方の妻として立派に務め上げられるか、私達はそれが心配で……。それに……」
やはり、避けることが出来ないこの話題に、私はどう対処すればいいか頭を悩ます。しかも、最後は何だかとても言いづらそうにしている様子を見る限りだと、きっと竜司様の一件に関して触れたがっているのかもしれない。
これに関して、私が安易に大丈夫と言っても絶対に納得してくれないだろうし、一体どうやってこの場を切り抜けるか思考を巡らせている時だった。
「彼女については何の問題もありません。これからも私の妻として支えてくれることを信じています。あとは、ご存知の通り、私の兄に関してですが、近いうちに保釈される予定です。あの一件で被った損失と名誉は共に回復しているので、それについてはご安心下さい」
すかさず楓さんは助け舟を出して下さり、両親が懸念していることを説明してくれたので、私は一先ず安堵の息を漏らした。