3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
「けど、問題はそれだけではありません」

すると、安心したのも束の間。楓さんはいつになく真剣な顔付きになって突然言い放った予想外の一言に、私だけではなく両親も彼に対して驚きの視線を向ける。

「これはご存知なのかは分かりませんが、私は東郷家の婚外子です。なので、家族仲は良くないですし、親戚にも良い顔をされません。私はその環境には大分前に慣れましたが、今後私の妻になるということは、彼女にもその火の粉が降り掛かる恐れが十分あります。なので、その事に関してご両親のご意見を伺おうと思っています」

そして、これまでに打ち明ける事がなかった楓さんの胸の内を今ここで知り、私は愕然とした。

まさか、自分の立場に未だに引け目を感じていたなんて。私達の間にそんなのは関係ないと思っていたのに、まだ彼の中に不安が残っていたとは今の今まで知らず私は軽いショックを受ける。

確かにその事実を両親に打ち明けるのは大事なことかもしれない。
でも、それでもしダメだと言われたら、楓さんは私を手放してしまうのでしょうか。
もう絶対に離さないと言ってくれた彼の答えなんて、何があっても一つしかないと信じていたのに。楓さんはそれで私が納得するとでも思っているのでしょうか。

沸々と湧き上がってくる怒りが抑えられず、気付けば私は感情のまま行動に移しており、勢いよく席から立ち上がった。

「前にもお伝えしたと思いますが、私はどんな事があっても楓さんが側にいれば平気なんですっ!むしろ、楓さんがいない人生の方がもっと怖いです!だから、例え誰に何を言われようとも私は離れるつもりは絶対にありませんからっ!」

全ての想いを息継ぎなしで言い切り、私は軽い酸欠に陥ってからふと周りに目を向けると、気付けば皆唖然としながら私の方へ視線を向けていた。


……しまった。またやってしまいました。

前回見た光景と全く同じ状況に、はたと我に返った私は段々と冷や汗が流れ始める。
しかも、今回は両親の前で失態を犯してしまった事に前回よりも更に恥ずかしさが込み上がってきて、私は身を縮こまらせながらとりあえず黙って席に座った。


「……驚いた。美守が人前でそんな感情的になるとは。大人になってからそんな事はないと思っていたけど……」

暫しの沈黙が流れたあと、呆然と私を見ながら呟くように言われた父親の言葉に私は何も反論することが出来ず、益々身が縮こまってしまう。

「どうやら私に関する事だとこうなってしまうようで。その度に彼女の想いが良く伝わってきて、世の中こんなに愛しい人はいないと。そう強く思えるんです」

すると、楓さんはまるでこの事態を予測していたかのようにとても落ち着いた様子で満足気に微笑み、ゆっくりとした口調で両親に心境を語り始める。

「なので、色々とご意見はあるかも知れませんが、どうか美守さんとの結婚をお許し下さい」

それから、真っ直ぐな目で両親を見据えると、深く頭を下げ、改めて懇願する彼の姿に私は心を打たれた。

「勿論です。あなた方の想いは良く分かりました。なので、これ以上私達が言うことはもう何もありません。こちらこそ、不束な娘ではございますが、今後とも何卒よろしくお願いします」

そして、これまで私達の様子を静観していた母親は静かにそう答えると、とても穏やかな笑みを見せながら深々と頭を下げたのだった。
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