3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
その後、暫しの間私達は歓談を楽しんだ。
彼の生い立ちや、挙式の事、終いには子供の話まで出てきた時には恥ずかしさのあまり上手く会話をする事が出来なかった。



「それでは、私達はこれで失礼しますね」

一通り話が終わったあと、気付けば時間は正午を示そうとしていて、そろそろ帰らなければと私は先んじて席を立った時だ。

「今度は二人でご飯でも食べに来なさい。楓君もこれからは私達の立派な家族になるんだから、もう遠慮はしなくて良いからね」

後に続いて楓さんも席を立った途端、ふと何気なく言われた父親の言葉に一瞬彼の動きが止まり、驚いたように目を大きく見開く。

「…………家族………」

なかなか反応がないことを不思議に思っていた矢先、急に小声でポツリと独り言を呟いてから直ぐ笑顔に戻ると、楓さんは何事もなかったように軽い会釈をして両親に別れの挨拶をしたのだった。





「……楓さん、どうかなさいましたか?」

自宅を出てから車に戻るまでの間、今度はずっと思い詰めた表情で口を閉ざしてしまい、先程から様子が可笑しい彼に不安を感じた私は恐る恐る顔色を伺う。

「っあ、悪い。ちょっと考え事してた」

すると、ふと我に返った楓さんは私の方に視線を向けた後も、呆然としたまま遠くを見つめた。

「俺にも家族の一員になれる資格があるのかって思うと、なんか感慨深いものを感じたっていうか……」

それから、またもや口を閉ざしてしまった彼の心境をようやく理解することが出来た私は、少し戸惑っている姿に愛しさを感じ、彼の腕にそっと自分の腕を絡める。

「そうですね。楓さんは私達のもう一人の大切な家族です。だから、自分は他人だなんてもう思わないでくださいね」

きっとこれまで東郷家では家族として見られていなかったので、彼にとってこの言葉はかなり敏感なものになっていたのかもしれない。
だから、それを後押しするように。これからは一人じゃないということを改めて認識してもらうために。
私は強調してそう伝えてると、強張っていた楓さんの表情が徐々に緩み始め、とても穏やかな目を私に向けてきた。

「やっぱり、いいもんだな。何だかこの感覚が凄く懐かしく思える」

おそらく、彼の頭の中ではきっとお母様が生きていた頃の自分と重ねているのでしょう。
再び彼の温かい記憶に触れることが出来たことに私まで感動してしまい、危うく涙が溢れそうになってしまった。

「……それに、家族はそれだけじゃないですよね?」

そして、もう一つ楓さんには認識してもらわなくてはいけない事がある。

「私達だってこれから立派な家庭を築き上げなくてはいけないのですから」

先程の会話にもあったけど、子供が出来れば尚のこと何よりも大切にしなくてはいけない、私達の家族。
その中心となる人物は紛れもなく楓さんであることをしっかりと分かって欲しくて、私は真っ直ぐな目で彼を見上げる。

暫くお互い見つめあっていると、楓さんは不意に口元を緩ませてから、私の肩にそっと手を回した。

「さっきも話題になってたけど、美守は何人子供が欲しいんだ?」

すると、唐突に投げられた質問に一瞬戸惑うも、とりあえず自分が思い描く家庭像を考えてみる。

「そうですね……私は一人っ子だったので、出来るなら二人以上は欲しいです」

これからどうなるか分からないけど、もしそうなれたら賑やかになりそうで、毎日が楽しいかもしれないとあれこれ妄想が膨らむ。

「俺は美守が望む通りでいいよ。二人でも三人でも……。なんなら、早速今夜から始めるか?」

そんな中で目を輝かせながら急な子作り発言をしてきた楓さんに、私の思考回路はそこで止まり、代わりに体の熱が徐々に上がり始めていく。

「あ、あの……で、でもこれから結婚式もありますし……」

せめてそれが終わるまではとキッパリ断ればいいのに、やけに期待に満ちた目を向けられてしまい、それに圧倒されてしまった私は言葉に詰まる。

そもそも、それ以前に私が慣れ始めた途端気付けば楓さんからほぼ毎晩求められるようになったので、今に始まった話ではないのかもしれないけど……。

なんて、頬が熱くなっていくのを感じながら戸惑っていると、楓さんは突然吹き出して小さく肩を震わせた。

「冗談だよ。子供の事はタイミングをみてからだな」

本当にそうなのか。先程の眼差しからするに、割と本気で言っていたようにも思えたけど、とりあえずそういう事にしようと自分を納得させる。
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