3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
そこに表示されていたのは“白鳥”という文字。

それは、辞令を受けた後に頂いた、東郷様の秘書の方の番号だった。

多忙である東郷様のスケジュールは全て秘書の方から通知が来るので、これからはその方と密に連絡をしなくてはいけない。

だから、いずれは必ずお話する事になるだろうと覚悟はしていたのだけれど……。

思っていたよりも早いタイミングで、電話機を持つ手が震えてくる。

つい先程まで怖いものなんて何もないって豪語していたくせに、一瞬にしてその勢いは沈静化し、今残るものは恐怖しかない。


とにかく、早く出なければと急いで通話ボタンを押して携帯を耳に充てる。

「お待たせして申し訳ございません。初めまして。天野と申します」

震える手を抑え、私は辿々しくなりながら見えない相手に思いっきり頭を下げて応対する。

「天野さんですね。私は楓様の秘書である白鳥百合です。これから楓様のスケジュールをお伝えしていきますので、どうぞよろしくお願いします」

どんな方なのか身構えていると、それは意外にも若い女性の声で、少しだけ肩の力が抜けるも、何だかとても無機質な話し方に、再び緊張感が襲ってきた。

「楓様は只今出張中なので暫くそちらには宿泊する予定はありません。その時が来たらスケジュールの詳細はメールでお送りしますので、ご確認下さい。それでは」

「あ、あの……っ!」

 
プツン。


こちらこそ、至らない点が多々ありますが、どうぞよろしくお願いします。


……と、お伝えする前に、有無を言わさず切られてしまった。  

ほぼ一方通行で終わった、初めての秘書である白鳥様との会話。

しかも、声に抑揚が全くなく、まるで機械音のように終始平坦な喋り方で、何だかとても冷たい印象に益々不安が募っていく。


東郷様の秘書の方も変わったお人なのか。

コミュニケーションを取る隙なんて全く与えられず、事務的なやり取りしかさせてくれない。

それが、普通なのかどうなのかは分からないけど、何だか益々プレッシャーを感じ、気分がどんどんと落ち込み始めていく。

まだ始まってもいないのに、これで気弱になってしまっては、これから先が思いやられ、自信なんて何もなくなってしまう。

それではいけないと。
私は負の感情に飲み込まれないよう、それを何とか振り払うように首を大きく横に振る。

そして、例え結果がどうなったとしても、バトラーとして私の持てるおもてなし精神を存分に発揮していこうと、改めて決意を固めたのだった。
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