3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜


——翌朝。


久しぶりの泊まりに、体の疲れはピークに達し、私は重い体を引き摺りながら、朝食を乗せたワゴンを楓様の部屋までお運びする。

本来バトラーもシフト制なのだけど、専属の為、楓様が滞在中は私もここを離れる事が出来ず、今までの勤務形態とは全く異なるので、体のリズムがなかなか付いていかない。

その代わり、ほぼ客室と変わらないような専用の豪華な仮眠室を使用出来るようになったので、それがまだ救いではあるのだけど……。


そう思いながら、3121号室の前まで到着すると、ふと自分の腕時計に目を向ける。

時刻は丁度七時を指したところ。
送られてきた白鳥様からのタイムスケジュールには、その時間で朝食をお出しするようにとの記載があった。

なので、私はいつものようにマスターキーで中に入ると、今度は恐る恐る部屋の奥へと進んでいく。

昨日は油断していたら、あのような目に遭ってしまったので、何事も気を抜いてはいけないと。

そう自分を戒めながらリビングへと向かうと、そこにはまたもや楓様の姿が見当たらなかった。

物音も全くしないので、入浴中でもない状況に、私はもしやと思い寝室へと向かう。


すると、案の定。

楓様はうつ伏せの状態で静かに寝息を立てながら、しっかりと熟睡中でいらっしゃった。


……なんということでしょう。

お約束の時間はとうに過ぎているのに、目覚ましもかけずにお休みになられているとは。

確かに、昨日は出張先からそのまま帰って来てたので、おそらく疲れが溜まっていらっしゃるのだとは思うけど……。


とにかく、白鳥様からのご指示を承っている以上、このまま放置する訳にもいかないので、私は楓様の体を軽く揺すってみる。

「楓様、起床時間です。起きて下さい」

耳元で少し声を張り上げながら、何度か揺すり呼び掛けてはみたものの、全くの反応なし。

どうしたものかと深い溜息を吐くと、私は相変わらず穏やかな寝息をたてている楓様の寝顔に視線を向けた。

目をつぶっていると、長いまつ毛が更に強調されて、本当にお人形のような綺麗なお顔立ちに、思わず魅入ってしまう。

そして、掛け布団から覗く長い指と、ぷっくりと膨れた湿り気のある下唇に目がいくと、その瞬間、楓様があの婚約者を抱いている生々しい光景が脳裏に浮かび上がってきた。

同時に全身が一気に熱を帯びていくのを感じると、私は慌てて彼から視線を外す。

……私としたことがっ!
何故このタイミングで、あの出来事を思い出してしまうのでしょうか!?

自分の思考に困惑しながら、私は急速に高鳴っていく鼓動を何とか抑えようと胸に手を充てる。

もう思い出したくもなくて奥底に沈めた筈の記憶なのに、再び鮮明に浮かび上がってくる楓様の営みに、体が小刻みに震えてきた。
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