3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
「……あれは人にしてる所を見られると興奮する、とんだ変態女だからな。まあ、俺も別に気にしないし、だから今までは時たま要望に応えてやったけど、あんたが専従だからそれも止める」

すると、突然の婚約者のカミングアウトをされてしまい、しかもその内容が衝撃的過ぎて私は何とお答えすれば良いのか分からず、狼狽えてしまう。

まさか、今まで最悪のタイミングでオーダーを入れていたのは、全て婚約者の為だったとは。

そこからふと思い出した、ロビーで東郷代表が楓様に仰っていた“お嬢さんを満足させてやること”という言葉。

全貌が分かった瞬間、あの時私が楓様に言ってしまった暴言がいかに無情だったか、改めて思い知らされる。

そして、お相手の方にまるで愛を感じない、むしろ蔑むような楓様の言い方に何だか胸の中が騒めきだす。

政略結婚とはいえ、仮にも将来の奥様になるお方なのに、そのような境遇でご結婚されるなんて果たして如何なものか。

私は人よりも世間知らずなところがあるのは自覚しているけれど、それでも結婚とはお互いが愛し合って結ばれる貴いものである筈なのに……。

「……あ、あの、楓様はそのようなご結婚で本当によろしいのですか?」

だから、お相手に対して大変失礼だとは思いながらも、納得できない気持ちに気付けば口が勝手に動いていた。

「は?何だその質問は」

そんな私の問いかけに、一瞬面を食らった楓様の反応を見て、ふと我に帰った私は慌てて自分の口を両手で塞ぐ。

「……まあ、いいか。あの女はうちに利益をもたらす。それで理由は十分だろ。どんなに足掻いたって所詮俺は東郷グループの駒の一つだ。結婚なんざ興味もないし、どうだっていい。だから、この会社のメリットになるならそれに従うまでだ」

しかし、意外にもお咎めはなく、ポケットに手を突っ込みながら平然とした様子で淡々と事情を説明してくれた楓様の言葉に、私はやるせない気持ちがどんどんと膨らんできて体が震えてくる。

「それで良いんですか?楓様のお気持ちは何処にもないのですか?」

まるで自分のことを蔑ろにしている楓様の態度に、私は今までの出来事と重なり、何だか悔しくなってきて、もはや自分の行動を止めることなんて出来なかった。

「あんた従業員の分際で、さっきから何出しゃばった真似を……」

「楓様だって幸せになる権利はあるじゃないですかっ!なのに、なんでご自分でさえもそれを諦めるような事を仰るのですか!?」

それから楓様が不機嫌になっていく様子にはお構いなしと、私は言葉を遮ってまで涙ながらに思いの丈を勢い良くぶつけた。

すると、楓様は驚いたように目を大きく見開いた後、暫く無言のまま私をじっと見据えてくる。


本当に出過ぎた真似だというのは重々承知の上。お客様であって、しかも東郷グループの御曹司であられるお方にこんな態度をとるなんて通常ならとても考えられない。

だけど、間違ったことをしたとは思わない。

御子柴マネージャーに言われた通り、ホテルマンとお客様という概念は置いといて、一人の人間として思いっきりぶつかっていきたい。

今までじゃとても考えられなかったけど、あまりにも自分というものを大切にしない楓様にはどうしても分かって欲しかった。

だから、言ったことに後悔はなく、寧ろ清々しい。


そう思いながら、私も楓様の視線を一身に受け止め、同じように見つめ返した。
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