3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
暫くの間長い沈黙が流れる。

お互いがじっと見つめ合い、壁掛け時計の秒針の音だけが響く部屋の中、突如楓様の吐いた深い溜息によって静寂な空気は破られた。

「全く、本当に失礼な女だな。しかもこの俺に同情でもしてるのか?マジでお前のところのホテルはどんな社員教育をしてんだか……」

そして、顰めっ面になりながら楓様に図星を突かれてしまい、私は思わず表情が引き攣る。

「まあ、いいわ。それだからあんたを選んだわけだし……」

けど、またもやそれ以上のお咎めはなく、しかもとても気になるフレーズに、私は聞くなら今しかないと、更なる無礼行為だとは思いつつも身を乗り出す。

「あの、楓様。僭越ではございますが、なぜ私のような者をバトラーにご指名したのか理由を伺ってもよろしいでしょうか?」

ずっと抱えていた疑問をようやく口にする事が出来たという達成感のあと、ついに口にしてしまったという恐れがすぐさま襲いかかり、私は一体何を言われてしまうのか不安になりながら生唾を呑み込んで楓様の返答を待つ。

すると、楓様は特に嫌な顔をする事なく、デスクに寄りかかると、私から視線を外し窓の外に目を向ける。

「……そうだな。自分であれこれするのも何だか面倒くさくなってきたし、あんた面白い反応するし、それに生意気だけど俺に対して真っ向から感情を剥き出す奴なんてそうそういないからな。……何かそれが新鮮だと思っただけだ」

そして、思い耽るように遠い目をしながらそう打ち明けてくれた。

その話に、私はあの時言われた御子柴マネージャーの言葉がフラッシュバックする。


“正直な反応を見せる事が、きっとあの方にも良い刺激になる”

それが楓様には必要だと言っていたことも。


だから、長年彼を見てきたお方だから、良く理解していて、その想いは誰よりも強くお持ちだったのかもしれない。

けど、分かっていても立場上動く事が出来ず、ただ見守ることしか出来なかった。


…………けど、私なら………。


そう固く決意すると、拳を強く握りしめ、楓様の元へと歩み寄り距離を縮めてから、私は彼を見上げた。

「楓様がよろしいのであれば、これからもそうさせて頂きますね」

それから、私は満面の笑みを向けて挑戦状を叩きつける。

「よろしいわけないだろ。身をわきまえろ」

そんな私の挑発まがいな台詞に楓様は不服そうな様子で顰めっ面になり、軽く睨まれてしまった。

けど、不思議と恐怖は感じず可愛く思てしまうのは、何だかその表情がまるで少年のように見えるからだろうか。

だから、失礼だとは思いつつも、つい口元が緩んでしまった。
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