3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
それから、少しづつ緊張がほぐれ始めていった私は、瀬名さんと落ち着いて会話をする事ができ、お互いが選んだ次なる食事会の場所を決めたり、世間話をしたりと、短い間だったけど充実した休憩時間となった。

お陰で次に会う日の良い予行演習にもなったし、落ち込んでいた気分も回復して、私は気合を入れ直して仕事に集中する。




「おかえりなさいませ、楓様」
 
時刻は午後九時頃。
白鳥様から楓様の退社通知が届き、私は急いで入口へと向かうと、程なくして楓様のお姿が見え、私は研修時代に教わった通り直角にお辞儀をして笑顔でお出迎えをした。

しかし、楓様はこちらには一切見向きもせず、無言で持っていたビジネスバックを渡され、私は慌ててそれを受け取る。

日中はそれなりに会話をしたのに、まるでそんなことは何もなかったような素振りで、私を置いて足早にホテルの中へと入っていった。

おそらく、仕事中は態度がもう少し違うと思うのだけど、オフの時の楓様は本当に人に対して冷た過ぎる。

そうなってしまった生い立ちがあるのかもしれないけど、それにしても度が過ぎているように思え、私は密かに溜息を吐いた。




「楓様、お夕食はいかがされますか?」

部屋まで鞄をお運びした後、脱ぎ捨てられた衣類のシワ取りの為に上着を回収すると、とりあえず笑顔を向けて指示を仰ぐ。

「今日はいらない。とりあえず、いつものでいいから」

ようやく口を開いた楓様は、ソファーに腰掛け、テーブルに置きっぱなしになっていたタバコを口に咥えて火を付けると、相変わらずこちらに視線を向けることなく鞄から取り出した書類を眺めていた。
 
毎回ホテルに戻ってもこうしてお仕事をしている楓様。

繁忙期にここを利用するとのことなので、婚約者の連れ込みがある時以外は、休息しているところなんて見たことがない。

時期的なものなのかは分からないけど、最近はほぼ毎週いらっしゃるので、一体いつお休みになっているのか段々と心配になってくる。

けど、私が出来ることといえばたかが知れているので、一先ずお邪魔にならないよう、一礼した後、お酒を準備する為足早に部屋を出て行った。
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