3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
……ああ。

昨日から私、何か変です。

楓様にずっと翻弄されっぱなしというか……。


いや、毎回翻弄されていますが。


……けど、そうじゃなくて。

いつもと違う。なにか、心の中が掻き乱されていくような、熱いものがじんわりと込み上がってくるような……。


……。


…………。


………いけない。今は仕事中なのに、私は一体何を考えているのでしょうか。


気を抜くと再び雑念が入ってくる為、私はそれを払拭しようと小さく首を横に振って作業に集中する。


これはきっと、連日から見せてくる楓様の意外な一面に戸惑っているだけなのでしょう。

飴と鞭とでもいいましょうか。
今まで酷い扱いをされ続けていたせいで、楓様の柔らかい態度に免疫がないから……。

それに、初めて男性に下の名前で呼ばれたので、困惑しているのでしょう。

そう思いながら、私は出来上がったコーヒを、丁度洗面台から戻ってきてダイニングテーブルに座ろうとする楓様の元へとお運びする。

「どうぞ」

適温で淹れたコーヒーを差し出すと、楓様は無言でそれを受け取り、英字新聞を広げながらゆっくりと飲み始めた。

そんな様子を私は横目で覗く。

つい数分前までは意識がまだ覚醒していない状態だったのに、洗面台から戻れば取締役らしい凛々しい顔付きへと変わる。

それから、こちらで用意している数社の海外と、国内の新聞を朝食時間に読むところから楓様の一日が始まる。

私はホテル滞在中の様子しか見ることが出来ないので、それ以外の楓様の日常は全く分からない。

普段ご自宅ではどのようにお過ごしなのか、何がお好きで興味をお持ちなのか。
掘り下げてみれば、やはり私は楓様の事をまだ何も知らない。

あくまで、お客様とホテルマンの立場だから、いくら信頼関係の為とはいえ、相手を知ることにも限界があるのでしょうけど……。

それでも、出来る限りのことはしていこうと。
もう何度目かの固い決意を胸に、私は拳を小さく握りしめた。
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