3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
あの時の記憶が脳裏に甦り、私は怖くなって伸ばした手を思わず引っ込めてしまった。

……もしかしたら、また振り払われるかもしれない……。

今でも忘れられない、あの驚愕と恐怖が入り混じった瞳。

またあの目を向けられたら、これまで尽くしてきた事が全部無駄になってしまいそうで、私は暫くその場で固まってしまった。


しかし、見た限りだと今はベットで熟睡されていらっしゃいますし、きっとお気付きにはならないでしょう。

そう自分に言い聞かせながら、恐る恐る携帯に手を伸ばす。

幸いにも、やはり深い眠りに入っていらっしゃるようで、全く反応を示さない楓様に私はほっと胸を撫で下ろした。

それから起こさないように、ゆっくりと携帯を手に取り、シェルフに置こうと持ち上げた時だった。

「……ん」

突然楓様の体がぴくりと動き出し、寝返りと共に携帯を持つ私の手を片手でぎゅっと握る。


「…………!?」


……き、

きゃああああ!!


……と、危うく声に出てしまいそうになり、慌てて片方の手で口を塞ぎ何とか堪えるも、私は全身真っ赤になりながら、まるで石像のように動けなくなってしまった。


今までお客様を含め男性に触れられたことや、握手をした事は何度もあるが、こうした形で手を握られたのは生まれて初めてで、心臓が今にも飛び出しそうなくらい大暴れする。

しかも、眠っているとはいえ、あの楓様に手を握られている状況が未だに信じられなくて、頭の中が真っ白になってしまった私はどうすれば良いのか分からず、その場で狼狽えてしまう。

けど、そんな取り乱す私とは裏腹に、相変わらず静かな寝息を立てながら熟睡されている楓様の横顔を眺めていると、段々と気持ちが落ち着き始めてきた。


とりあえず、起こしてしまってはいけないので、頃合いをみてから手を外そうと。

私は楓様と目線を合わせる為にしゃがみ込んで、小さく深呼吸をしてから視線を前へと向ける。

これまでに楓様の寝顔を何回見てきたことだろう。

その中でも、こんな至近距離でお顔を見たのは初めてかもしれない……。

やっぱりそのお顔立ちは息を飲むほど美しいけど、どこかあどけなさが残る寝顔に、高鳴る鼓動とともにチクリと感じる胸の痛み。


今も昔も、楓様はこうして沢山のしがらみに囲まれながら、お一人で眠っていらっしゃるのでしょうか……。



そんなものなんて何一つ感じないくらい、とても穏やかな寝顔なのに。


これまで何度か見てきた楓様の影掛かった一面と、東郷代表や竜司様の態度。

一体彼が抱えているものはどれ程のものなのか。どれ程の闇を抱いているのか。

そして、そんな彼にも幸せを感じたことが今まで何度あったのだろうか。

その瞬間はどんな時なのか。

何をしたら笑ってくれるのだろうか。


……なんて、思えばキリがない程に疑問が沢山湧いてきて、私はそれを払拭するために小さく首を横に振る。
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