らんらんたるひとびと。~国内旅編~
 スイートルームは、ただただ広い。
 キングサイズのベッドを見ると、羨ましいを通り越してイラッとした。
「私はソファーで寝ます。とりあえず、今夜はおやすみなさい」
「…一緒に寝るのではないのか?」
 ぎゃっという悲鳴が無意識にこぼれる。
 その顔で言うなよ。
 勘違いも甚だしい。

 目の前にいるのは赤ちゃんなのだ。
 イケメンだけど、馬鹿で非常識な大人なのだ。

 だけど、何でそんなこと言うのかな。
「鈴様、男女が一緒に寝るという意味、わかってませんよね?」
 自分の口から説明しなきゃいけないのかと思うと。
 がっくしと落ち込む。
「夫婦になったら、一緒のベッドで寝なきゃいけないのだろう? それくらいは私も知っている」
 整った顔で鈴様が言う。
 現実世界とはかけ離れた美男子が目の前に。
 しかも2人きりで立っているということ自体、信じられないというのに。
 夫婦とは何かを説明しなきゃいけないという気だるさでテンションが下がる。

 この旅が終われば、この坊ちゃんは。
 ゴディファー家のヒナタ伯爵令嬢と結婚をする。
 常識がスカスカの状態で結婚しても、相手を失望させるだけだ。
 一体、どこから説明すればいいのか頭を悩ませる。
 とにかく、今夜は一人になりたい。
「私がドラモンド侯爵から頼まれているのは悪魔で疑似恋愛です。とりあえず、今夜は別々に寝ます。あと、私は庶民の出身ですので、本名のミュゼと呼び捨てにして頂いて結構です。おやすみなさい」
 言うだけ言うと、私は頭を下げて逃げ出す。
 ソファにあるクッションをボコボコと投げ飛ばして。
 横になる。

 何、ドキドキしているんだ。
 静まれ、心臓。
 疑似恋愛って、何。
 どうやって恋愛してたっけ。
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