その恋は、古本屋「夢幻堂」にて。
夢のような
夢のような
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詩side
あるはずないと思っていても、やっぱり期待はしてしまう。
あの日、菖さんの視線に違和感を感じてから一週間経った今も、私の頭の中を埋め尽くすのは、菖さんのあの視線と言葉で。
えっ、勘違いってそういうことでしょ?
でもあんなに素敵な菖さんが、なんでもない私のことを……
お姫様じゃない私のことを……
好きになるなんて、有り得るの?
なんて期待と疑問が、うるさく駆け巡っている。
でもやっぱり、変わらず菖さんには会いたいから、今日も今日とて夢幻堂へ向かう。
商店街の入口が見えてきたころ。
………あれ?
見覚えのある人が前方からやってきた。
「あら、この前の」
「あ、葉山詩と言います。こんにちはっ」
「こんにちは。川野柚枝(かわのゆえ)です。この歳になって自己紹介だなんて、珍しいこともあるものねぇ」
その人は、夢幻堂の先代店長だったお婆さんだった。
「これから夢幻堂に行くの?」
「はい」
「あらそう。私はお散歩で来たのだけれど。あなた、随分夢幻堂を気に入ってくれているのねぇ」
「は、はい」
「ありがとう、凄く嬉しいわ」
そこまで言われると、なんだか照れくさいような、むず痒いような。
………あ、そういえば、気になってたことがあったんだった。
「あの、夢幻堂を作られたのって……」
「ああ、私よ。私と……主人ね」
「あの、夢幻堂を作ろうと思われたきっかけとか、教えて頂けますか?」
「ええ勿論。若い子とお話する機会があまり無いから、嬉しいわ」
私たちは、近くにあったベンチに座った。
そして川野さんは、穏やかな笑顔で目を細め、懐かしむように話し始めた。
「私と主人は、本が好きなことがきっかけで結婚したの。だから、空の上へ行ってしまう前に、何か本に関係したものを2人で作りたかったの」
「それが……夢幻堂」
「ええ。でも歳になって、去年には主人も亡くなって、お店を続けるのが難しくなって、悲しいけれど仕方なくお店を畳もうとしていたの。そうしたら、常連だった菖くんが継いでくれるって」
菖さん……
私の知らないところでも、菖さんの優しさに笑顔になっている人がいると知り、自分の事のように嬉しくなる。
「あの時は本当に嬉しかったわ。自分がこの世界から消えてしまったあとも、残せるものがあるんだもの。亡くなった夫も、きっと大喜びしていると思うわ」
反応しにくいところで言葉が終わり、なんて言おうと焦っていると、川野さんは手をパンっと合わせて言った。
「そうそう、そういえば。前からずっと、菖くんが凄く嬉しそうに話してくれることがあるの。とある本が好きな子がよく来てくれて、趣味も合うから毎日楽しい、って。それはきっと、詩ちゃん、あなたのことね」
「っ………」
菖さんが、私のことを嬉しそうに……?
そんな、どうしよう……
嬉しい……っ
そして私は、いても立ってもいられなくなって。
「あ、あの、私っ」
「菖くんのところに行くんでしょう?応援しているわ、気をつけて行ってらっしゃい」
「あ、ありがとうございますっ」
快くそう言ってくれた川野さんにお礼をして、私は急いで夢幻堂へ向かった。
やっぱり菖さんは、なんの取り柄もない私のことをただの本好きな女子高生、従兄弟の幼なじみ程度にしか思っていないかもしれない。
でも、それでも……!
この気持ちを、今、菖さんに伝えたい。
夢幻堂には、あっという間に着いた。
「はぁっ、菖さん!はぁ、こんにちは!」
「う、詩ちゃん?慌てて来たの?」
あなたに、伝えたいことがあるから。
私は、菖さんがお茶出すよと言ってくれたのを断って、カウンターの椅子に座った。
菖さんも、私を不思議そうに見ながら椅子に座って。
「菖さんて、かっこいいですよね」
「……へ?」
頭の上にはてなマークを浮かべ、目を丸くする菖さんを置いて私は言葉を続ける。
「優しいしかっこいいし、服のセンスありすぎだし」
「ちょ」
「笑顔と眼差しが優しくて、本を扱う手は丁寧で……大事にしてるのがすごく……」
「す、ストップ!待って詩ちゃん、それ以上は、もう……っ」
菖さんは真っ赤な顔を逸らして言う。
「俺顔赤いよね……はぁもうかっこ悪……」
「かっこ悪くなんてありません!私は、本が大好きで夢幻堂が大好きで、優しい眼差しを向けてくれる菖さんが、大好きですっ」
「えっ、それって……」
「はい、告白です。私、本気ですっ」
今になって襲いかかってくる恥ずかしさに逃げ出してしまいたくなる。
告白だって、全然断られる可能性あるし。
でもどうか、届いて欲しい!
「私と、付き合ってくださいっ」
夢幻堂に流れる、数秒の沈黙。
それが私には、酷く遅く感じられて。
「……詩ちゃん」
やっと菖さんの声が聞こえたと、下を向いたまま薄く目を開ける。
そして次に、菖さんが口にしたのは。
「それ、俺から言いたかったな」
想像しなかった、夢のような言葉。
「……え、そ、それって、まさか……」
「うん。明るい声で俺の名前を呼んで夢幻堂に来てくれて、なぜだか分からないけど頬を赤らめて、俺のことを泣くほど心配してくれた君を、いつからか好きになってた。詩ちゃん、俺と付き合ってください」
お姫様に憧れる私に起こった、夢みたいで夢じゃないお話。
Fin.