転生アラサー腐女子はモブですから!?
第1章

妄想パラダイス


(よし! そこよ、そこ! さぁ、そこの二人、手を取りなさい。そして、抱き合うのよ♡)

 数メートル先に見えるイケメン二人組を眺め、アイシャは熱いため息をこぼす。

(あの二人の関係は? 禁断の恋に身を落とした若き公爵と従者……、なんて設定どうかしら。恋は障害があればあるほど燃えるって言うしね!)

 身分違いの恋、そして若き公爵には婚約者がいた。引き裂かれる二人、抗えない婚約話。

 若き公爵の将来を思い、身を引く決意をする従者。そっと公爵の元を去った従者だったが、数年後、紆余曲折を経て公爵の元に舞い戻る。

『あぁ、また貴方さまに出逢えるなんて……
――泣かないで、私の愛しい人。君を忘れることなんて出来なかった。愛している』

 男同士というハンデを負いながらも、想い合う二人は奇跡的な再開を果たす。

 熱い抱擁を交わす公爵と従者。そして、二人の唇は重なり――――

(ぎゃぁぁぁ!!!! 鼻血でる……)

 美形男子二人のキスシーンがアイシャの脳内を駆け巡り、思わず叫びそうになる。

(ダメよ、ダメよ。アイシャ、今は我慢よ)

 七歳の披露目の誕生日パーティーを血に染めるわけにはいかない。これ以上、妄想をはかどらせたら鼻血を噴き出す。

 七年間の抑圧された『萌え』なし生活から解き放たれ、アイシャの脳内妄想は爆発寸前だった。

(本当、嫌になっちゃう。どうしてこの世界の女児は七歳の披露目の誕生日を迎えないと外出も出来ないのよ!)

 エイデン王国の貴族の慣習とはいえ、『これでは趣味を満喫出来ないでしょうが!』と、アイシャは心の中で怒りを爆発させる。

(妄想し放題の煌びやかな世界に生まれたって言うのに! 趣味を満喫出来ない日々なんて……、不毛よ、不毛すぎる)

 華やかな燕尾服を身にまとい歓談する美形ぞろいの紳士を眺めながら、アイシャは大きなため息をはく。

「あら? どうしたのアイシャ、ため息なんてついて」

「あっ、お母さま。なんでもございませんのよ。ホホホ……」

「そうかしら? 一点を見つめて動かないんですもの、本当に大丈夫?」

「リンベル伯爵夫人、アイシャちゃんも、たくさんの方に挨拶をして疲れているのよ」

 気遣わしげにこちらを見やる夫人は、母ルイーザと懇意にしているどこぞの侯爵夫人だ。

「先ほどの挨拶も、大勢の大人を前にアイシャちゃんも緊張しましたでしょうしね」

「それにしても、先ほどのアイシャちゃんの披露目の挨拶、とても素晴らしいものでしたわ。思わず感嘆の声をもらしてしまうほどでしたわ」

 侯爵夫人の言葉を受け、母の隣に座るどこぞの伯爵夫人もまた、優しい笑みを浮かべ、アイシャを褒める。

 アイシャと母ルイーザを囲む夫人方の輪。その輪に加わる面子(メンツ)を眺め思う。なぜ、たかが伯爵家の娘の披露目の会に、これだけ豪華な貴族家のご婦人が集まるのかと。しかも、高位貴族家のご夫人方だけではない。少し、視線を周囲へと移せば、貴族家の当主まで参加している。

 右を見ても、左を見ても、リンベル伯爵家より格上の名家の当主夫妻がそろい踏みだ。

 公爵家に、侯爵家……、子供の付き添いとはいえ、たかが伯爵家の娘の披露目の誕生会に参加するメンツではない。

(ほんと不思議。お父さまの交友関係どうなっているのかしら?)

 以前から不思議には感じていたのだ。我が家へと訪れる客人の顔ぶれの豪華さに。父ルイは、王城で執務官をしているが、さほど高い地位にいるわけではない。母ルイーザはというと、おっとりとした可愛らしい婦人だが……、そういえば、よく色々な貴族家からお茶会に誘われている。ただ、それだけで格下の伯爵家に格上の名家が頻繁に訪れる理由にはならない。

(そうなると、やはりあの噂の信憑性が高いかしらね)

  どこぞの王女だった母を父が見初め、あらゆる手段を講じて手に入れた。

 突拍子もない噂話。アイシャもメイドからその話を聞いたときは鼻で笑った。『公爵家出の母がありえない』と。しかし、父、母の結婚は、この貴族社会では珍しく恋愛結婚だったのだ。嘘か真か、真相は不明だが、今のリンベル伯爵家の立ち位置を考えると、ある意味あの噂は真実だったのかもしれない。

(母の元王女としての人脈を期待して――、って考えるのが妥当よね。どの世も、権力には抗えないものよ)

 前世、社畜だった頃の嫌な記憶が蘇り、アイシャの心を痛ませる。

「アイシャ、本当に大丈夫? 控え室で少し休みますか?」

(えっ!? ここで、退室なの? やっと過酷な挨拶回りが終わって、妄想イケメンカップル観察が出来るって思ってたのに!!)

 七年分の『萌え』不足は、まだ全く解消されていない。ここで、このイケメンパラダイスから追い出されるわけにはいかない。絶対にだ!

「お。お母さま! アイシャは大丈夫で――――」

「歓談中、すまない。ルイーザ、ウェスト侯爵が到着されたようなんだ。アイシャを借りることは出来るか?」

「まぁ! ウェスト侯爵さまが。わたくしも挨拶にお伺いした方がよろしいかしら?」

「いいや、ルイーザは、ご夫人方のお相手を頼む」

「でも……、アイシャなのですが、疲れているようなのです。ずっと挨拶回りでしたでしょう、少し休ませた方がよろしいかと思いますの」

 貴族社会の序列を気にもしないマイペースな母の発言に、度肝を抜かれる。

(いやいや、それはダメでしょ! 格上の、しかもウェスト侯爵と言ったら、エイデン王国の宰相も務める高貴なお方。主役である私が挨拶に行かないでどうするよ)

 一人ツッコミを入れながら、『これで、魑魅魍魎闊歩する貴族社会を渡り歩いているのだから、本当信じられない』と、母ルイーザの発言に呆れていると、今度は父の的外れな発言に衝撃を受ける。

「そうか、確かに……、ずっと歩き通しだったからな。じゃあ、休憩室――――」

「――――おおお父さま!! アイシャは全く疲れておりません! この通り元気いっぱいでございます」

 心配顔の両親の目の前で、ピンク色のドレスの裾をつまみ、クルッとその場で一回転し、カーテシーをとってみせる。それを見ていた周りのご夫人方から、ワッと拍手が起こり、その場の空気が和む。

「ほらっ! 問題ございませんでしょう」

「それも、そうね。アイシャ、本当に大丈夫なのね?」

「はい! お母さま」

「では、アイシャ。ウェスト侯爵さまに失礼がないようにね」

(いやいや、挨拶もせず主役を引っ込めようとしていたお母さまが一番失礼ですから)

 心の中で母へと盛大なツッコミをしていようとも、それを(おもて)に出すことはない。アイシャの頭の中にあるのは、このイケメンパラダイスから追い出されずに済んだという安堵感だけ。

(お父さま、よくやった! はてさて、次はどんなイケメンカップルに出会えるのかしら♡)
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