転生アラサー腐女子はモブですから!?
ありし日の想い【クレア視点】
(――――彼女は今頃、どこかの世界に生まれ変わって幸せに暮らしているのだろうか)
騎士団の見学が終わりアイシャと別れたクレアは、自室への帰り道、鮮烈に残る在りし日の記憶を思い出し、胸を切なく痛ませる。
アイシャに会った日は必ず『彼女』のことを思い出す。
たぶん前世の記憶なのだろう。日本という国の中堅企業で働いていた時の記憶が甦る。
王城で開かれたお茶会。あの日、あの時……、アイシャに頬を打たれた時、クレアは全てを思い出した。
一気に脳へと流れ込む知らない世界の映像をどこか懐かしい気持ちで観ていた。知らない場所に、見たこともない人々。頭に流れ込む映像を懐かしい気持ちで眺めた時、すべてを理解した。
この映像は前世なのだと。
あの時クレアは、『桐山梨花』として生きた記憶を全て思い出した。
前世に未練はない。ただ、わずか数年だったが、一緒に働いた親友の存在だけが心残りだった。
親友だった『若葉』
若葉とは中堅企業だった商社の開発部門で出会った。男性社員の多い会社の中、花形部署だった開発部門は、若葉と二人以外、皆男性という環境だった。同期で同じ部署、しかも女性は二人だけという環境の中、若葉とはすぐに意気投合し、親友と呼べるまでの間柄になった。
元来の男勝りな性格もあり、男社会に順応するのも早く、わずか数年でプロジェクトリーダーを任されていた前世の私と違い、若葉はというと、仕事は出来るが引っ込み思案な性格が災いした。
開発部門と言えども、他社への商品プレゼンや、営業並みの接待は日常茶飯事で、口下手で色気のひとつもない彼女は、なかなか結果に結びつかず苦労していた。
分厚い眼鏡をかけ、おしゃれにも興味がない若葉。
同僚の男子が呑みに若葉を誘った時も、即答でお断りをしていた。あの時も、『大切な趣味の時間を潰されたくない』と女としては終わっている回答を叩きつけていた。
あの調子だと彼氏が出来たこともなかっただろう。完全にヲタク娘だったようだ。
上手く立ち回ることが苦手だった彼女は、仕事は出来ても上司の評価が上がらず、万年苦労していたことを覚えている。
そんな若葉との関係が大きく変わる事件が起こった。入社して五年目の春。
夏の新商品に向け、冬から動いていたプロジェクト。その一大事業のリーダーに抜擢され、最後の追い込みに入っていた。毎日忙しく働く中、競合他社からほぼ同じ商品が近々発売されると言う情報がリークされた。
はっきり言ってあり得ない事件だった。
進めていた新商品は社内でも極秘プロジェクト。発売予定だった商品は業界初の物だった。会社内の情報を競合他社に流した人物がいるのは明白だった。
その事実を当時直属の上司だった課長に話した。それから数週間後、部長室に呼び出され伝えられた事実に驚愕する事となる。
課長こそが競合他社へ情報を流した犯人だったのだ。
前世の私は、会社にある取り引きを持ち掛けられた。犯人である課長は企業スパイである事を巧妙に隠し、知り得た重要機密を様々な競合他社へ流しているという。会社側も証拠がそろわない現状で摘発する事は難しい状況だった。
今回の騒動を利用して課長の尻尾をつかみ解雇に追い込むため、泥をかぶり槍玉に上がって欲しいと言われた。もちろん退職後は、関連会社の課長の席を用意すると。
以前から直属の上司だった課長に不信感を抱いていた前世の私は、二つ返事で承諾した。
それからは怒涛の日々だった。
競合他社から似た商品が発売され、プロジェクトリーダーを任された新商品は販売を目前に中止に追い込まれた。プロジェクトが頓挫した事を課長に叱責され、悪評はあっと言う間に会社内へ流れた。
退職までの日々は、有りもしない噂が社内に蔓延し辛い思いもしたが、新しい会社で課長として再就職し、以前よりやりがいのある仕事を任され、死ぬまで幸せな人生を送った。
退職するまでの日々、同僚や部下から冷たい視線を向けられる中、若葉だけは違った。
毎日心配そうにこちらを見つめる瞳。
いつだったか蔓延した悪評に踊らされ、陰で面白半分に私を罵る同僚達を叱る若葉を見かけた事があった。あんなに口下手だった若葉が、必死に私をかばう姿に心は罪悪感でいっぱいだった。
結局私は、若葉に何も言わずに会社を去ってしまった。
その後、風の噂で、課長が不正で会社を解雇になった事を知った。そして、課長を解雇に追い込んだ立役者の一人が若葉だったと言う事も。
――――若葉に謝りたかった。しかしそれは叶わない。
『若葉は死んでしまったから』
今でも残る後悔がクレアの胸を締めつける。
七歳までの傲慢なクレア王女としての記憶はしっかり残っている。下位の者達を虐げる姿が、前世の私を罵倒し尊厳を傷つけた課長の姿に重なる。
そんな傲慢王女を諌め、導いたアイシャの存在は、弱い者を庇い立ち向かった若葉を思い出させた。
(あの日、あの時、私が前世の記憶を取り戻したのには何か理由があるのだろうか?)
今でも、もう一度『若葉』に逢いたいと思う。そんな願望が、アイシャと若葉を重ねるのだろうか。
(今世は、アイシャに恥じない人生を送らねばならないわね。もう、後悔はしたくない)
クレアは若葉への想いを胸に、自室の扉を閉めた。
騎士団の見学が終わりアイシャと別れたクレアは、自室への帰り道、鮮烈に残る在りし日の記憶を思い出し、胸を切なく痛ませる。
アイシャに会った日は必ず『彼女』のことを思い出す。
たぶん前世の記憶なのだろう。日本という国の中堅企業で働いていた時の記憶が甦る。
王城で開かれたお茶会。あの日、あの時……、アイシャに頬を打たれた時、クレアは全てを思い出した。
一気に脳へと流れ込む知らない世界の映像をどこか懐かしい気持ちで観ていた。知らない場所に、見たこともない人々。頭に流れ込む映像を懐かしい気持ちで眺めた時、すべてを理解した。
この映像は前世なのだと。
あの時クレアは、『桐山梨花』として生きた記憶を全て思い出した。
前世に未練はない。ただ、わずか数年だったが、一緒に働いた親友の存在だけが心残りだった。
親友だった『若葉』
若葉とは中堅企業だった商社の開発部門で出会った。男性社員の多い会社の中、花形部署だった開発部門は、若葉と二人以外、皆男性という環境だった。同期で同じ部署、しかも女性は二人だけという環境の中、若葉とはすぐに意気投合し、親友と呼べるまでの間柄になった。
元来の男勝りな性格もあり、男社会に順応するのも早く、わずか数年でプロジェクトリーダーを任されていた前世の私と違い、若葉はというと、仕事は出来るが引っ込み思案な性格が災いした。
開発部門と言えども、他社への商品プレゼンや、営業並みの接待は日常茶飯事で、口下手で色気のひとつもない彼女は、なかなか結果に結びつかず苦労していた。
分厚い眼鏡をかけ、おしゃれにも興味がない若葉。
同僚の男子が呑みに若葉を誘った時も、即答でお断りをしていた。あの時も、『大切な趣味の時間を潰されたくない』と女としては終わっている回答を叩きつけていた。
あの調子だと彼氏が出来たこともなかっただろう。完全にヲタク娘だったようだ。
上手く立ち回ることが苦手だった彼女は、仕事は出来ても上司の評価が上がらず、万年苦労していたことを覚えている。
そんな若葉との関係が大きく変わる事件が起こった。入社して五年目の春。
夏の新商品に向け、冬から動いていたプロジェクト。その一大事業のリーダーに抜擢され、最後の追い込みに入っていた。毎日忙しく働く中、競合他社からほぼ同じ商品が近々発売されると言う情報がリークされた。
はっきり言ってあり得ない事件だった。
進めていた新商品は社内でも極秘プロジェクト。発売予定だった商品は業界初の物だった。会社内の情報を競合他社に流した人物がいるのは明白だった。
その事実を当時直属の上司だった課長に話した。それから数週間後、部長室に呼び出され伝えられた事実に驚愕する事となる。
課長こそが競合他社へ情報を流した犯人だったのだ。
前世の私は、会社にある取り引きを持ち掛けられた。犯人である課長は企業スパイである事を巧妙に隠し、知り得た重要機密を様々な競合他社へ流しているという。会社側も証拠がそろわない現状で摘発する事は難しい状況だった。
今回の騒動を利用して課長の尻尾をつかみ解雇に追い込むため、泥をかぶり槍玉に上がって欲しいと言われた。もちろん退職後は、関連会社の課長の席を用意すると。
以前から直属の上司だった課長に不信感を抱いていた前世の私は、二つ返事で承諾した。
それからは怒涛の日々だった。
競合他社から似た商品が発売され、プロジェクトリーダーを任された新商品は販売を目前に中止に追い込まれた。プロジェクトが頓挫した事を課長に叱責され、悪評はあっと言う間に会社内へ流れた。
退職までの日々は、有りもしない噂が社内に蔓延し辛い思いもしたが、新しい会社で課長として再就職し、以前よりやりがいのある仕事を任され、死ぬまで幸せな人生を送った。
退職するまでの日々、同僚や部下から冷たい視線を向けられる中、若葉だけは違った。
毎日心配そうにこちらを見つめる瞳。
いつだったか蔓延した悪評に踊らされ、陰で面白半分に私を罵る同僚達を叱る若葉を見かけた事があった。あんなに口下手だった若葉が、必死に私をかばう姿に心は罪悪感でいっぱいだった。
結局私は、若葉に何も言わずに会社を去ってしまった。
その後、風の噂で、課長が不正で会社を解雇になった事を知った。そして、課長を解雇に追い込んだ立役者の一人が若葉だったと言う事も。
――――若葉に謝りたかった。しかしそれは叶わない。
『若葉は死んでしまったから』
今でも残る後悔がクレアの胸を締めつける。
七歳までの傲慢なクレア王女としての記憶はしっかり残っている。下位の者達を虐げる姿が、前世の私を罵倒し尊厳を傷つけた課長の姿に重なる。
そんな傲慢王女を諌め、導いたアイシャの存在は、弱い者を庇い立ち向かった若葉を思い出させた。
(あの日、あの時、私が前世の記憶を取り戻したのには何か理由があるのだろうか?)
今でも、もう一度『若葉』に逢いたいと思う。そんな願望が、アイシャと若葉を重ねるのだろうか。
(今世は、アイシャに恥じない人生を送らねばならないわね。もう、後悔はしたくない)
クレアは若葉への想いを胸に、自室の扉を閉めた。