転生アラサー腐女子はモブですから!?
「その願いは聞けない。アイシャがナイトレイ侯爵家のことを考え言ってくれたのはわかる。しかし、俺も両親もアイシャとの婚約話を取り下げる気はない。貴方が社交界でどう思われていようとも、俺には関係ない」

「でも……」

「アイシャ、聞いてくれ。母も言っていたと思うが、ナイトレイ侯爵家はアイシャに救われたんだ。貴方と剣を交えていた当時、俺と父との仲は最悪だった。次期当主を勝手に俺に決めた父を憎み、ほとんど家にも寄り付かなかった。騎士団の宿舎で寝泊りをし、アイシャと父を憎み生きて来た」

 アイシャの脳裏を幼い頃の記憶が蘇る。七歳の披露目の誕生日会。息子は来ないと寂しそうに言ったナイトレイ侯爵。当時、侯爵とキースとの仲は冷え切っていたのだろう。

 家にも帰ってこない息子と、そのことに肩を落とす夫。

 泣きながらアイシャに感謝を述べたマーサ。可憐な微笑みを浮かべていたマーサもまた、当時辛い日々を送っていたのだろう。

「いつか父を裏切り、ナイトレイ侯爵家から出て行くためだけに強くなろうと剣を握っていた。そんな父ともアイシャのおかげで、腹を割って話すことができた。父の本心を知り、自分が思う以上に力を認めてくれていたことを知って、本当に嬉しかったんだ。今のナイトレイ侯爵家があるのは、アイシャが真剣に俺を叱責してくれたおかげなんだよ」

「キース様、買い被り過ぎです。私は怒りのまま思ったことをぶちまけただけですから。ナイトレイ侯爵家の皆様が恩を感じる必要は全くありません。それよりも名門ナイトレイ侯爵家の名を傷つけてはなりません」

「それは違うよ、アイシャ。母も言っていたけど、家名に傷がつこうが関係ない。そもそも、そんなことで揺らぐナイトレイ侯爵家ではないから」

 キュッと握られた手が引かれ、両手で包まれる。

「――――だから、なにも心配いらない」

 話の雲行きがあやしくなってきた状況に、アイシャの頭は混乱する。

(このままじゃ、婚約話を解消出来ないわ)
 
 キースの目を見て真剣に言い募るアイシャの目に、優しく笑う彼の顔が写る。目を細め、まるで愛しい人を見るかのように微笑む、キースの陽だまりのような笑顔に言葉が出ない。

(なんて顔して笑うのよ……)

 アイシャの顔がみるみる熱を持ち、赤く染まる。
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