転生アラサー腐女子はモブですから!?
決意【リアム視点】
(夢に向かって足掻けば、何かが変わるかもしれない、か……)
王城から帰路へと着いた馬車の中、リアムはアイシャが言った言葉を思い出していた。
アイシャが言った言葉は夢物語だと思う一方、心のどこかで、彼女の言葉を信じたいと思っている自分がいる。本当に、夢に向かい足掻けば変わるかもしれないと思わせる何かが、アイツの言葉にはあった。
(アイシャと初めて出会ったのは、アイツの七歳の誕生日だったな)
父親からの命令で、リンベル伯爵家の令嬢の誕生日パーティーに参加するように言われ、嫌々参加したことを覚えている。七歳の披露目の誕生日。この誕生日パーティーが、婚約者候補を見定めるためのモノだということは、言われなくとも理解していた。
リンベル伯爵家は王妃の妹が嫁いだ家と言うだけではなく、特殊な事情を持つ貴族家だ。そのため伯爵家でありながら、格上の貴族家との付き合いが深く、高位貴族と繋ぎを持ちたい他家との橋渡し役も担っている。
確かあの日も、リンベル伯爵家へ父と二人向かったは良いが、目ざとく自分の存在を察知したハエ共から逃げるため、ノア王太子とダニエルと共に、四阿へと向かった。
たわいもない話をしながら、二人と時間を潰す。そんな時、生け垣から四阿をこっそり覗く令嬢を見つけた。王太子とダニエルの位置からは死角となり、二人は令嬢の存在に気づいていなかった。しかも、その令嬢が四つん這いで逃げようとしていたのだ。
(――――今、思い出しても笑えるな。あの光景は)
あの時、悪戯心で声をかけた令嬢がアイシャだとは思わなかった。しかも、たかが七歳の令嬢が、毅然とした態度で言い返してきたのだ。そう……、あの時からアイシャは変わった令嬢だった。
出会う度に、アイシャの印象がどんどん変わっていく。
王城で、なぜか追われているアイシャに巻き込まれた時も、馬車から顔を出し『ありがとう』と言ったアイツの笑顔に惹かれた。
そして、今日言われた言葉が何よりも深く心に突き刺さった。
(俺は騎士になる夢を、あきらめなくてもいいのだろうか? 足掻いてみる価値がまだあるのだろうか?)
「リアム様、お帰りなさいませ。執務室にて旦那様がお待ちです」
馬車を降り、エントランスへと入ったリアムに執事が声をかける。
(またか……)
父からの呼び出しをのらりくらり、かわしてきたが、限界のようだ。気は進まないが仕方ない。
「あぁ、今、行く」
上着を執事へと渡したリアムは、その足で執務室へと向かった。「リアムです。お呼びと、お聞きしましたが」
「あぁ、リアムか。今日は随分と遅かったようだが、まだ騎士団なんぞの練習に参加しているのか?」
「――――えぇ、まぁ。何か問題でも?」
目の前の執務机に頬杖をつき、リアムを見つめるウェスト侯爵の視線が鋭さを増す。
(相変わらずの威圧感だな……)
一気に緊迫感が増した室内に、リアムの喉が鳴る。
「以前から言っていると思うが、お前はウェスト侯爵家の跡取りとしての自覚があるのか? 騎士団なんぞ、野蛮な奴らの集まりではないか。考える事を知らぬ馬鹿ばかりが集まったな」
瞬間的な怒りが湧くが、グッと堪える。
怒りを煽り、冷静さを欠いた標的を言葉巧みに誘導し、思い通りに操るのは、父の常套手段だ。
(ここで怒りに支配されれば、父の思う壺だ)
「代々、ウェスト侯爵家は多数の宰相を輩出して来た知の名門だ。もちろんお前も将来は私の跡を継ぎ、後々は宰相になるつもりだろうなぁ? そのつもりがあるなら、さっさと騎士団を辞めて本気で勉学に励むべきだ」
『ウェスト侯爵家は知の名門』
貴族社会ではよく知られた通り名だ。
もの心ついた時から跡取りとして厳しく教育を受けてきたリアム、神童と言われる程の膨大な知識を身につけていった。
しかし、それと同時にかけられる両親や周りからの期待が重くのしかかり、いつしか毎日が憂鬱でつまらないものへと変わって行った。
そんなつまらない日々の中、出会ったのが当時すでに騎士団に所属していたキースだった。
あの日も、王太子と共に受ける予定だった授業をサボり、王城の裏手の林で昼寝をしていた。その昼寝場所に、慌てた様子のキースが飛び込んで来たのだ。
寝ていたリアムに蹴つまずき、地面に転がったアイツに声を掛けたのが最初だった。
騎士団の練習に遅刻すると、慌てていたキースとは、あの日、ほとんど話さず別れた。それが何の因果か、昼寝場所でキースとよく出くわすようになり、いつしか話す仲になっていた。
そんな日々の中、キースの誘いで騎士団の練習に参加したことがあった。
剣を握ることもなかったリアムにとって騎士団での訓練は未知の体験で、無心で身体を動かす爽快感にすぐに夢中になっていった。
剣を握り無心で振っている時だけが、憂鬱でつまらない毎日が変わる。
あれから数年。
騎士団に所属している事が父に知られ、ことある毎に辞めるよう叱責される日々、今までのらりくらり躱して来たがそろそろ決着を付けなくてはならない。
アイシャの言葉が脳裏に浮かぶ。
(夢に向かって足掻けば、何かが変わるかもしれない、か……)「父上にお話があります」
いつにない、リアムの真剣な眼差しに、鋭い視線を投げていた父の片眉がわずかに上がる。
「なんだ、やっと騎士団をやめると言う気になったか」
「いいえ、騎士団を辞めるつもりはありません。しかし、それでは父上も納得されないでしょう。騎士団をやめない代わりに、父上の望み通り次期宰相になれるよう努力致します。必ずやウェスト侯爵家の知の名門の名に恥じぬ業績を遺してみせましょう」
「ほぉ〜、騎士団に所属しつつ、他者よりも豊富な知識を身につけ、頂点に立つと。並大抵の努力では、なせぬな。それでも、両立させて見せると言うか?」
「えぇ。やる前から諦めるのは性に合わないので。
かつて神童と呼ばれた私の実力、とくとお見せ致しますよ」
父の目を見て、ニッと笑って見せる。そんなリアムの笑みを見た父が、一瞬、驚いた表情を見せた後、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「――――あぁ、わかった。好きにすればいい。但し、両立出来ないと判断した時点で騎士団は辞めてもらう。よいな?」
「わかりました」
アイシャの言葉が父上に立ち向かう勇気をくれた。一歩前に進む力を。
父の執務室を退室し私室へ向かいながら、リアムは心の中でアイシャへ感謝の気持ちを呟いた。
♢
「やっとリアムも本気になったようだ。どんな心境の変化があったものやら? 人間好きな物ほど禁止されると刃向かいたくなるものか。ナイトレイ侯爵もたまには良いことを言うではないか」
ひとり祝杯をあげるウェスト侯爵のご機嫌な鼻歌が執務室にいつまでも響いていたことを、リアムは知らない。そして、父の手のひらの上で転がされていたなんてことも。
王城から帰路へと着いた馬車の中、リアムはアイシャが言った言葉を思い出していた。
アイシャが言った言葉は夢物語だと思う一方、心のどこかで、彼女の言葉を信じたいと思っている自分がいる。本当に、夢に向かい足掻けば変わるかもしれないと思わせる何かが、アイツの言葉にはあった。
(アイシャと初めて出会ったのは、アイツの七歳の誕生日だったな)
父親からの命令で、リンベル伯爵家の令嬢の誕生日パーティーに参加するように言われ、嫌々参加したことを覚えている。七歳の披露目の誕生日。この誕生日パーティーが、婚約者候補を見定めるためのモノだということは、言われなくとも理解していた。
リンベル伯爵家は王妃の妹が嫁いだ家と言うだけではなく、特殊な事情を持つ貴族家だ。そのため伯爵家でありながら、格上の貴族家との付き合いが深く、高位貴族と繋ぎを持ちたい他家との橋渡し役も担っている。
確かあの日も、リンベル伯爵家へ父と二人向かったは良いが、目ざとく自分の存在を察知したハエ共から逃げるため、ノア王太子とダニエルと共に、四阿へと向かった。
たわいもない話をしながら、二人と時間を潰す。そんな時、生け垣から四阿をこっそり覗く令嬢を見つけた。王太子とダニエルの位置からは死角となり、二人は令嬢の存在に気づいていなかった。しかも、その令嬢が四つん這いで逃げようとしていたのだ。
(――――今、思い出しても笑えるな。あの光景は)
あの時、悪戯心で声をかけた令嬢がアイシャだとは思わなかった。しかも、たかが七歳の令嬢が、毅然とした態度で言い返してきたのだ。そう……、あの時からアイシャは変わった令嬢だった。
出会う度に、アイシャの印象がどんどん変わっていく。
王城で、なぜか追われているアイシャに巻き込まれた時も、馬車から顔を出し『ありがとう』と言ったアイツの笑顔に惹かれた。
そして、今日言われた言葉が何よりも深く心に突き刺さった。
(俺は騎士になる夢を、あきらめなくてもいいのだろうか? 足掻いてみる価値がまだあるのだろうか?)
「リアム様、お帰りなさいませ。執務室にて旦那様がお待ちです」
馬車を降り、エントランスへと入ったリアムに執事が声をかける。
(またか……)
父からの呼び出しをのらりくらり、かわしてきたが、限界のようだ。気は進まないが仕方ない。
「あぁ、今、行く」
上着を執事へと渡したリアムは、その足で執務室へと向かった。「リアムです。お呼びと、お聞きしましたが」
「あぁ、リアムか。今日は随分と遅かったようだが、まだ騎士団なんぞの練習に参加しているのか?」
「――――えぇ、まぁ。何か問題でも?」
目の前の執務机に頬杖をつき、リアムを見つめるウェスト侯爵の視線が鋭さを増す。
(相変わらずの威圧感だな……)
一気に緊迫感が増した室内に、リアムの喉が鳴る。
「以前から言っていると思うが、お前はウェスト侯爵家の跡取りとしての自覚があるのか? 騎士団なんぞ、野蛮な奴らの集まりではないか。考える事を知らぬ馬鹿ばかりが集まったな」
瞬間的な怒りが湧くが、グッと堪える。
怒りを煽り、冷静さを欠いた標的を言葉巧みに誘導し、思い通りに操るのは、父の常套手段だ。
(ここで怒りに支配されれば、父の思う壺だ)
「代々、ウェスト侯爵家は多数の宰相を輩出して来た知の名門だ。もちろんお前も将来は私の跡を継ぎ、後々は宰相になるつもりだろうなぁ? そのつもりがあるなら、さっさと騎士団を辞めて本気で勉学に励むべきだ」
『ウェスト侯爵家は知の名門』
貴族社会ではよく知られた通り名だ。
もの心ついた時から跡取りとして厳しく教育を受けてきたリアム、神童と言われる程の膨大な知識を身につけていった。
しかし、それと同時にかけられる両親や周りからの期待が重くのしかかり、いつしか毎日が憂鬱でつまらないものへと変わって行った。
そんなつまらない日々の中、出会ったのが当時すでに騎士団に所属していたキースだった。
あの日も、王太子と共に受ける予定だった授業をサボり、王城の裏手の林で昼寝をしていた。その昼寝場所に、慌てた様子のキースが飛び込んで来たのだ。
寝ていたリアムに蹴つまずき、地面に転がったアイツに声を掛けたのが最初だった。
騎士団の練習に遅刻すると、慌てていたキースとは、あの日、ほとんど話さず別れた。それが何の因果か、昼寝場所でキースとよく出くわすようになり、いつしか話す仲になっていた。
そんな日々の中、キースの誘いで騎士団の練習に参加したことがあった。
剣を握ることもなかったリアムにとって騎士団での訓練は未知の体験で、無心で身体を動かす爽快感にすぐに夢中になっていった。
剣を握り無心で振っている時だけが、憂鬱でつまらない毎日が変わる。
あれから数年。
騎士団に所属している事が父に知られ、ことある毎に辞めるよう叱責される日々、今までのらりくらり躱して来たがそろそろ決着を付けなくてはならない。
アイシャの言葉が脳裏に浮かぶ。
(夢に向かって足掻けば、何かが変わるかもしれない、か……)「父上にお話があります」
いつにない、リアムの真剣な眼差しに、鋭い視線を投げていた父の片眉がわずかに上がる。
「なんだ、やっと騎士団をやめると言う気になったか」
「いいえ、騎士団を辞めるつもりはありません。しかし、それでは父上も納得されないでしょう。騎士団をやめない代わりに、父上の望み通り次期宰相になれるよう努力致します。必ずやウェスト侯爵家の知の名門の名に恥じぬ業績を遺してみせましょう」
「ほぉ〜、騎士団に所属しつつ、他者よりも豊富な知識を身につけ、頂点に立つと。並大抵の努力では、なせぬな。それでも、両立させて見せると言うか?」
「えぇ。やる前から諦めるのは性に合わないので。
かつて神童と呼ばれた私の実力、とくとお見せ致しますよ」
父の目を見て、ニッと笑って見せる。そんなリアムの笑みを見た父が、一瞬、驚いた表情を見せた後、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「――――あぁ、わかった。好きにすればいい。但し、両立出来ないと判断した時点で騎士団は辞めてもらう。よいな?」
「わかりました」
アイシャの言葉が父上に立ち向かう勇気をくれた。一歩前に進む力を。
父の執務室を退室し私室へ向かいながら、リアムは心の中でアイシャへ感謝の気持ちを呟いた。
♢
「やっとリアムも本気になったようだ。どんな心境の変化があったものやら? 人間好きな物ほど禁止されると刃向かいたくなるものか。ナイトレイ侯爵もたまには良いことを言うではないか」
ひとり祝杯をあげるウェスト侯爵のご機嫌な鼻歌が執務室にいつまでも響いていたことを、リアムは知らない。そして、父の手のひらの上で転がされていたなんてことも。