転生アラサー腐女子はモブですから!?

薔薇園での誓い

ナイトレイ侯爵家で過ごすのも今日で最後かぁ……

 アイシャは、居間でお気に入りの本を読みながら、ナイトレイ侯爵家で過ごした日々を思い出していた。

(キースは、ずっと私に付きっきりだったわね。本当、慣れって怖い……)

 始めは、キースの過度なスキンシップに、いちいち真っ赤になっていたアイシャだったが、今ではフォークに刺さった果物を目の前に差し出され、反射的にパクッと食べてしまえるくらいには、動じない精神力がついてしまった。
 
 ナイトレイ侯爵家へ来てからの数週間で、キースの術中にはまり、掌の上でコロコロと転がされているような気もするが、今さらである。しかも、アイシャとキースの恥ずかしいやり取りを、ナイトレイ侯爵や夫人、はたまた使用人の皆様にまで、生温かな目で見守られていたとは、今考えても、恥ずかしさで憤死する。

 そして、昨晩の夕食の席、明日、ナイトレイ侯爵家を去るアイシャへと、侯爵夫人から熱烈アプローチという名の爆弾が投下された。驚きでアイシャがひっくり返りそうになったのは、ここだけの話だ。

『リンベル伯爵家へ戻っても、直ぐにナイトレイ侯爵家へ戻って来て下さいね。わたくし、お嫁に来る方の花嫁衣装を一緒に考えるのが夢でしたの。すでに、デザイナーからお針子さんまで最高の技術者を調達済みですのよ。あぁ~、真っ白なウェディングドレスを着たアイシャ様、想像するだけで涙が出そう。あら? 何だったらこのまま花嫁修行もここですれば良いじゃない。善は急げね。リンベル伯爵家へ伝令を――』

 急展開に唖然と夫人を見つめることしか出来ないアイシャと、その隣で、ニコニコと夫人の暴走を眺めるキース。そして、執事が夫人の命令を実行しようとして、やっと暴走を止めに入った侯爵という、ある種異様な雰囲気の中、進む食事。そんな家族団欒を微笑ましく見つめる使用人の皆様の温かい目。

 もちろん、アイシャの背を大量の冷や汗が流れていったのは、言うまでもない。

 侯爵に嗜められ、ブー垂れていた夫人の恨めしげな瞳が、アイシャをロックオンしていたが、ソッと目を逸らし、夫人の視線を回避するしか、残された道はなかった。

(侯爵夫人怖過ぎる。ナイトレイ侯爵家、怖過ぎる……)

「アイシャ様、キース様から『庭園を散歩しませんか』との、お誘いですが如何されますか?」

 昨夜繰り広げられた恐怖の晩餐を思い出し、身震いしていたアイシャに、専属侍女が声をかける。

「庭園の散策?」

「はい、薔薇園の散策をと」

 ナイトレイ侯爵家へ滞在するようになってから、キースと共に歩行練習がてら、薔薇園の散策をするようになったアイシャは、赤色、黄色、紫色、白色……、色とりどりの薔薇が咲き誇る庭園での散歩が大のお気に入りだった。入り組んだ迷路のように造られた生垣がある薔薇園は、歩いているだけでも楽しい。

(あの薔薇園も見納めね)

「ご一緒すると、キース様に伝えてもらえる?」

「かしこまりました」

 キースとも最後なのよね……、たくさん迷惑をかけた。心配もたくさんかけてしまった。最後くらい、きちんとお礼を言わなくちゃね。

 退室する侍女を見送ったアイシャは、ソファから立ち上がると、準備に取り掛かった。
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