転生アラサー腐女子はモブですから!?
「アイシャ、久しぶり。色々と大変だったみたいね」
侍従に連れられクレアの私室へ現れたアイシャは、つき物が取れたかのように、スッキリとした顔をしていた。ノア王太子とアナベルの婚約を祝した夜会では、とても辛そうに見えたが、今はいつもの柔らかい笑顔を見せてくれている。
「クレア様、ご無沙汰しております。わたくし事でバタバタしておりまして、お会いするのが遅くなりました。沢山の励ましのお手紙、ありがとうございます」
「いいのよ。それよりも、座って」
目の前のソファへと座るようにアイシャを促したクレアは、ワゴンの上のティーセットからポットを取り、二人分の紅茶を入れ、一つをアイシャの前へと置く。
「あっ!? クレア様にお茶の準備をさせてしまうなんて、申し訳ありません! わたくしが代わります!!」
「アイシャはお客様ですもの、座ってて。わたくしの私室ですのよ。誰も見ていないわ。堅苦しい決まりはなしよ」
「えっと……、専属侍女のルーナさんも、いらっしゃらない?」
「えぇ。今日はアイシャに大切な話があって人払いをしましたの。だから、貴方も気を楽にしてね」
「そうですか……、ありがとうございます」
――――あら? 左手の薬指。ブルーサファイアの指輪なんて……
ソーサーを持つアイシャの左手に目がとまる。ブルーサファイアの大粒の石を中心に、周りを可愛らしいアクアマリンの石が散りばめられた美しい指輪。その指輪を見た瞬間、頭の片隅に何かが引っかかる。
「アイシャ、左手の薬指の指輪……、もしかして、キースにもらったのかしら? 確か、彼の瞳の色はブルーだったのではなくって? もしかして、キースと婚約したのかしら?」
「えっ!? ……あの…そのぉ……」
クレアの指摘にアイシャの顔がみるみると赤く染まっていく。
(どうやら、キースにプロポーズされたようね。町で暴漢に襲われたと聞いたけど、その後キースと進展があったのかしら? 確か、気絶したアイシャをキースが連れ去ったとか)
まぁ、私にとってはアイシャがキースとくっつこうが、リアムとくっつこうが、彼女が幸せならどちらでも良いのだが。
顔を真っ赤にし、視線を彷徨わせ紅茶を飲むアイシャの様子を見つめ、クレアは安心する。アイシャも少なからず、キースを想っているのだろう。
恥ずかしそうにするアイシャを見つつ、安堵のため息をコソッとこぼしたクレアは、ふと思う。
(この光景……、どこかで見たことがあるような気がするわね。なんだろう、この既視感――――、いや違う。あの指輪だ!!)
クレアの脳裏に次々と前世の記憶が流れていく。
乙女ゲームの美麗なスチル。
町で襲われたグレイスを偶然助けたキースが気を失った彼女を保護し、ナイトレイ侯爵家へ連れていくシーン。
利き手を怪我したグレイスを介抱するうちに徐々に二人の距離が縮まるシーン。
自身の出自に劣等感を抱くグレイスが、夜中に耐えきれず泣いている所をキースが見つけ抱きしめるシーン。
そして、薔薇園でキースがグレイスにプロポーズをするシーン。薔薇の花びらが舞い散る中、グレイスの手をとり薬指にはめた指輪。キースの瞳の色、ブルーサファイアを中心に、グレイスの瞳の色を模したエメラルドの小石が左右に配置された婚約指輪。
あの婚約指輪を彷彿とさせる指輪をアイシャがしている。
まるで、この世界のヒロインがアイシャだとでも示すように……
こんな偶然って……、キースとの婚約を了承したグレイスはその後どうなった?
突然思い出した前世の記憶に、クレアの背を大量の汗が流れ、身体が震え出す。喉元を迫り上がる恐怖に呼吸が浅くなり、目眩すらしてくる。
「クレア様! 大丈夫ですか!? 顔が真っ青でございます。誰か、誰か呼んできます」
クレアの異変にいち早く気づいたアイシャが立ち上がり、扉へと向かおうとするのを慌てて止める。
「――――っ、アイシャ! 大丈夫よ。座って」
焦る気持ちを落ち着かせるために、カップを手に取り、紅茶を一口飲む。呼吸を落ち着かせ、考える。
たった今、頭を駆け巡った前世の記憶を整理しなければ。この記憶が、アイシャの未来を表している可能性があるのだ。
あの乙女ゲームにはいくつかのラストが存在する。もちろん、攻略対象者三人それぞれとのハッピーエンドがある一方、たったひとつだけバッドエンドが存在するのだ。そのバッドエンドに至る方法が特殊で、奇跡でも起こさない限り、そのエンドにたどり着く事は難しいと言われていた。だからこそ、前世では、バッドエンドを見る為に、あの乙女ゲームをやり込み、はまっていったのだ。
そのバッドエンドとは、リアム攻略ルートの裏ルート。特別な条件を満たさない限り開放されないバッドエンドに繋がるレアルートだった。
リアムとグレイスが想いを通わせた後、突然発表される悪役令嬢アナベルとリアムとの婚約。その婚約自体は、悪役アナベルの悪事を暴くために仕掛けられた罠であったが、自身の出自が平民だから捨てられたと、グレイスは思い込む。
失意の中、気晴らしに出掛けた町で、悪役令嬢が仕掛けた暴漢に襲われたグレイスを偶然通りかかったキースが助ける。そこから短時間で初対面のキースとの高感度を上げる事に成功した場合にのみ現れる、彼からのプロポーズシーン。あのシーンでリアムへの想いを残したまま、キースからのプロポーズを受け入れた時にのみ開かれるバッドエンドへの道。
リアムへの想いを捨てきれなかったグレイスは、彼を人質にとった悪役令嬢に呼び出され、彼を助けるため自身の命を絶つ選択をする。命を絶ったグレイスを抱きしめ、慟哭するリアムの美しい泣き顔が印象に残るラストだった。
『アイシャがこの世界のヒロインなら』
あの乙女ゲームに酷似した、この世界のヒロインがアイシャだったとしたら?
キースにプロポーズされてなお、アイシャの心にリアムがまだ居座っているのなら、この物語の結末は……
『アイシャ・リンベル伯爵令嬢は、愛する者の手で死を迎えるだろう。これは避けられぬ運命である』
グレイスの予知が真実味を帯びてくる。
(アイシャを死なせてなるものか! 私が前世を思い出したのは、この事を伝えるためだったのね)
アイシャの命を救うために……
侍従に連れられクレアの私室へ現れたアイシャは、つき物が取れたかのように、スッキリとした顔をしていた。ノア王太子とアナベルの婚約を祝した夜会では、とても辛そうに見えたが、今はいつもの柔らかい笑顔を見せてくれている。
「クレア様、ご無沙汰しております。わたくし事でバタバタしておりまして、お会いするのが遅くなりました。沢山の励ましのお手紙、ありがとうございます」
「いいのよ。それよりも、座って」
目の前のソファへと座るようにアイシャを促したクレアは、ワゴンの上のティーセットからポットを取り、二人分の紅茶を入れ、一つをアイシャの前へと置く。
「あっ!? クレア様にお茶の準備をさせてしまうなんて、申し訳ありません! わたくしが代わります!!」
「アイシャはお客様ですもの、座ってて。わたくしの私室ですのよ。誰も見ていないわ。堅苦しい決まりはなしよ」
「えっと……、専属侍女のルーナさんも、いらっしゃらない?」
「えぇ。今日はアイシャに大切な話があって人払いをしましたの。だから、貴方も気を楽にしてね」
「そうですか……、ありがとうございます」
――――あら? 左手の薬指。ブルーサファイアの指輪なんて……
ソーサーを持つアイシャの左手に目がとまる。ブルーサファイアの大粒の石を中心に、周りを可愛らしいアクアマリンの石が散りばめられた美しい指輪。その指輪を見た瞬間、頭の片隅に何かが引っかかる。
「アイシャ、左手の薬指の指輪……、もしかして、キースにもらったのかしら? 確か、彼の瞳の色はブルーだったのではなくって? もしかして、キースと婚約したのかしら?」
「えっ!? ……あの…そのぉ……」
クレアの指摘にアイシャの顔がみるみると赤く染まっていく。
(どうやら、キースにプロポーズされたようね。町で暴漢に襲われたと聞いたけど、その後キースと進展があったのかしら? 確か、気絶したアイシャをキースが連れ去ったとか)
まぁ、私にとってはアイシャがキースとくっつこうが、リアムとくっつこうが、彼女が幸せならどちらでも良いのだが。
顔を真っ赤にし、視線を彷徨わせ紅茶を飲むアイシャの様子を見つめ、クレアは安心する。アイシャも少なからず、キースを想っているのだろう。
恥ずかしそうにするアイシャを見つつ、安堵のため息をコソッとこぼしたクレアは、ふと思う。
(この光景……、どこかで見たことがあるような気がするわね。なんだろう、この既視感――――、いや違う。あの指輪だ!!)
クレアの脳裏に次々と前世の記憶が流れていく。
乙女ゲームの美麗なスチル。
町で襲われたグレイスを偶然助けたキースが気を失った彼女を保護し、ナイトレイ侯爵家へ連れていくシーン。
利き手を怪我したグレイスを介抱するうちに徐々に二人の距離が縮まるシーン。
自身の出自に劣等感を抱くグレイスが、夜中に耐えきれず泣いている所をキースが見つけ抱きしめるシーン。
そして、薔薇園でキースがグレイスにプロポーズをするシーン。薔薇の花びらが舞い散る中、グレイスの手をとり薬指にはめた指輪。キースの瞳の色、ブルーサファイアを中心に、グレイスの瞳の色を模したエメラルドの小石が左右に配置された婚約指輪。
あの婚約指輪を彷彿とさせる指輪をアイシャがしている。
まるで、この世界のヒロインがアイシャだとでも示すように……
こんな偶然って……、キースとの婚約を了承したグレイスはその後どうなった?
突然思い出した前世の記憶に、クレアの背を大量の汗が流れ、身体が震え出す。喉元を迫り上がる恐怖に呼吸が浅くなり、目眩すらしてくる。
「クレア様! 大丈夫ですか!? 顔が真っ青でございます。誰か、誰か呼んできます」
クレアの異変にいち早く気づいたアイシャが立ち上がり、扉へと向かおうとするのを慌てて止める。
「――――っ、アイシャ! 大丈夫よ。座って」
焦る気持ちを落ち着かせるために、カップを手に取り、紅茶を一口飲む。呼吸を落ち着かせ、考える。
たった今、頭を駆け巡った前世の記憶を整理しなければ。この記憶が、アイシャの未来を表している可能性があるのだ。
あの乙女ゲームにはいくつかのラストが存在する。もちろん、攻略対象者三人それぞれとのハッピーエンドがある一方、たったひとつだけバッドエンドが存在するのだ。そのバッドエンドに至る方法が特殊で、奇跡でも起こさない限り、そのエンドにたどり着く事は難しいと言われていた。だからこそ、前世では、バッドエンドを見る為に、あの乙女ゲームをやり込み、はまっていったのだ。
そのバッドエンドとは、リアム攻略ルートの裏ルート。特別な条件を満たさない限り開放されないバッドエンドに繋がるレアルートだった。
リアムとグレイスが想いを通わせた後、突然発表される悪役令嬢アナベルとリアムとの婚約。その婚約自体は、悪役アナベルの悪事を暴くために仕掛けられた罠であったが、自身の出自が平民だから捨てられたと、グレイスは思い込む。
失意の中、気晴らしに出掛けた町で、悪役令嬢が仕掛けた暴漢に襲われたグレイスを偶然通りかかったキースが助ける。そこから短時間で初対面のキースとの高感度を上げる事に成功した場合にのみ現れる、彼からのプロポーズシーン。あのシーンでリアムへの想いを残したまま、キースからのプロポーズを受け入れた時にのみ開かれるバッドエンドへの道。
リアムへの想いを捨てきれなかったグレイスは、彼を人質にとった悪役令嬢に呼び出され、彼を助けるため自身の命を絶つ選択をする。命を絶ったグレイスを抱きしめ、慟哭するリアムの美しい泣き顔が印象に残るラストだった。
『アイシャがこの世界のヒロインなら』
あの乙女ゲームに酷似した、この世界のヒロインがアイシャだったとしたら?
キースにプロポーズされてなお、アイシャの心にリアムがまだ居座っているのなら、この物語の結末は……
『アイシャ・リンベル伯爵令嬢は、愛する者の手で死を迎えるだろう。これは避けられぬ運命である』
グレイスの予知が真実味を帯びてくる。
(アイシャを死なせてなるものか! 私が前世を思い出したのは、この事を伝えるためだったのね)
アイシャの命を救うために……