転生アラサー腐女子はモブですから!?
両手で顔を覆い泣くクレア王女が、ポツポツと語り出す。
「アイシャと若葉を重ねても何の償いにもならない事は分かっているの。でもアイシャを見ていると親友だった彼女を思い出す。仕事は出来るのに愛想がなくて、人付き合いが苦手で、いつも貧乏くじを引いていた。だけど、他人を思いやる気持ちは人一倍あって、正義感が強かった若葉。男ばかりの中堅企業で同期入社だった彼女とは、同じ部署に配属され仲良くなったの。親友だったの。私が、その会社を辞めるまでは……」
『若葉』のことを語るクレア王女の声が震えている。絞り出すように紡がれる言葉の数々が、『若葉』に対する深い後悔を滲ませているように感じ、アイシャの心に響く。
「――――私は、若葉を苦しめてしまった。企業スパイだった上司の不正を暴くため会社側と取り引きをしていたとは言え、辞職して直ぐに若葉と連絡を取り、騒動の顛末を伝える事だって出来たのに、しなかった。会社内で槍玉に上がった私を最後まで庇ってくれたのは若葉だけだったのに。会社と取り引きをして栄転する事が決まっていた私は、若葉への後ろめたさから連絡を絶ってしまった。彼女と連絡を絶って一年後に、若葉が死んでしまうなんて思いもしなかったの」
後悔を滲ませ泣くクレア王女を見つめ、アイシャの頭の中に前世の記憶が蘇る。
クレア王女の前世は『桐山梨花』なのだろうか?
彼女が話す『若葉』が、前世の私の事なのだろうか?
もし、本当にクレア王女の語る『桐山梨花』が、前世の親友なのだとしたら、そんな嬉しいことはない。アイシャもまた、ずっと後悔していたのだ。梨花が辛い時、何もしてあげられなかった愚かな自分を。逃げるように会社を辞めていった彼女の背を見つめることしか出来なかった。
前世の『若葉』は、梨花の優しさに甘え、彼女の影に隠れ、周りとコミュニケーションをとることすらしなかった。人間関係の構築を放棄した『若葉』に、窮地に立たされた『梨花』を救う術などなかった。
親友を失って初めて気づいた自分の愚かさに、反吐が出た。
だからこそ、変わろうと思えたのだ。梨花を追いつめた元凶を叩きのめすため、奔走した日々は、『梨花』への償いでもあった。しかし、全てが解決した後も、彼女への後悔はずっと消えなかった。
もっと、早くに行動していたら。もっと、前から人間関係を円滑にするための努力をしていたら、今でも彼女は自分の横で笑っていてくれたのだろうかと、ずっと後悔の念が消えることはなかった。そして、『梨花』への罪悪感も。
「ごめんなさい。アイシャに、こんな前世の話をしても理解出来ないわよね。でもね、アイシャを見ていると若葉といるような錯覚を覚えるの。私が、初めて前世の記憶を取り戻した時も、貴方は立場の弱い侍女を庇い、上に立つ者の責任を説いてくれた。上司から叱責され、仲間内からも蔭口をたたかれていた時に、必死で私を庇っていた若葉と重なって見えたの。あの時から、アイシャと会う度に若葉を重ねていたのだと思う」
目の前に座り、泣き笑う彼女の顔に梨花の面影が重なって見える。
「変よね……、姿かたちも違うし、アイシャは引っ込み思案だった若葉とは性格も違うのにね。貴方が若葉なら騎士団の練習なんて参加するはずないもの。彼女のプライベートは極度の引きこもりだったから」
アイシャの心の中に、確信にも似た想いが芽生える。
クレア王女は『桐山梨花』なのだろう……
あぁぁ……、梨花もよく私を見て呆れているのか、心配しているのか、よくわからない困り顔で笑っていた。
趣味以外に全く興味を示さない若葉を心配して、色々な事を教えてくれたり、外へと連れ出してくれたのも梨花だった。
もしクレア王女が、本当に梨花であるなら、彼女を助けられなかった私を恨んではいないのだろうか?
会社内に広まった悪評を覆す行動を取れなかった私を梨花は許してくれていたのだろうか?
懐かしさに目頭が熱くなると同時に、ずっと抱えていた『梨花』に対する罪悪感が、アイシャの胸を締めつける。
「クレア様……、その若葉さんという方は、『望月若葉』と言いませんか?」
「――――っえ!? なぜ、アイシャが、若葉の事を知っているの?」
アイシャとクレア王女、二人の視線が絡み合う。そして、静寂が辺りを包み、時間だけが過ぎていく。
「クレア様、わたくしの前世が『望月若葉』なのでございます」
アイシャはため息と共に、今までひた隠しにして来た前世を語り出した。
クレア王女と……
いや、梨花と前世の事を話した。
二人で過ごした楽しかった日々。
梨花が会社を辞めるまでの辛く、苦しく、やるせなかった日々。
梨花が居なくなって、元凶となった課長の不正を暴くため奮闘した日々。
そして、死ぬ直前までの穏やかな日々。
梨花は、突然会社を辞め、連絡を絶った事を何度も何度も謝ってくれたが、そんな事はどうでも良かった。自分だって、彼女が一人辛かった時、悪評を覆すための行動を起こさなかったのだから、梨花に恨まれる事はあっても恨む筋合いはない。梨花が会社を辞めてから幸せな生涯を終えた事を知り、単純に嬉しかった。
「梨花が会社を辞めてから幸せな人生を送ったと知れて、本当に良かったわ」
「若葉、本当にごめんなさい。貴方が亡くなったと聞き、本当に後悔したの。もっと早く、貴方と話していたらって。その事だけが心残りだった。この世界で若葉にもう一度出逢えて良かった。貴方ともう一度話す事が出来て……」
「――――私もよ。梨花にずっと謝りたかったの。貴方を助けてあげられなかった事をずっと後悔していた。梨花に出逢えて本当に良かった」
二人の顔は、涙でぐちょぐちょだった。
二人は固く抱き合う。
時を越えて、時空を越えて、前世と今世が重なり合った瞬間だった。
「アイシャと若葉を重ねても何の償いにもならない事は分かっているの。でもアイシャを見ていると親友だった彼女を思い出す。仕事は出来るのに愛想がなくて、人付き合いが苦手で、いつも貧乏くじを引いていた。だけど、他人を思いやる気持ちは人一倍あって、正義感が強かった若葉。男ばかりの中堅企業で同期入社だった彼女とは、同じ部署に配属され仲良くなったの。親友だったの。私が、その会社を辞めるまでは……」
『若葉』のことを語るクレア王女の声が震えている。絞り出すように紡がれる言葉の数々が、『若葉』に対する深い後悔を滲ませているように感じ、アイシャの心に響く。
「――――私は、若葉を苦しめてしまった。企業スパイだった上司の不正を暴くため会社側と取り引きをしていたとは言え、辞職して直ぐに若葉と連絡を取り、騒動の顛末を伝える事だって出来たのに、しなかった。会社内で槍玉に上がった私を最後まで庇ってくれたのは若葉だけだったのに。会社と取り引きをして栄転する事が決まっていた私は、若葉への後ろめたさから連絡を絶ってしまった。彼女と連絡を絶って一年後に、若葉が死んでしまうなんて思いもしなかったの」
後悔を滲ませ泣くクレア王女を見つめ、アイシャの頭の中に前世の記憶が蘇る。
クレア王女の前世は『桐山梨花』なのだろうか?
彼女が話す『若葉』が、前世の私の事なのだろうか?
もし、本当にクレア王女の語る『桐山梨花』が、前世の親友なのだとしたら、そんな嬉しいことはない。アイシャもまた、ずっと後悔していたのだ。梨花が辛い時、何もしてあげられなかった愚かな自分を。逃げるように会社を辞めていった彼女の背を見つめることしか出来なかった。
前世の『若葉』は、梨花の優しさに甘え、彼女の影に隠れ、周りとコミュニケーションをとることすらしなかった。人間関係の構築を放棄した『若葉』に、窮地に立たされた『梨花』を救う術などなかった。
親友を失って初めて気づいた自分の愚かさに、反吐が出た。
だからこそ、変わろうと思えたのだ。梨花を追いつめた元凶を叩きのめすため、奔走した日々は、『梨花』への償いでもあった。しかし、全てが解決した後も、彼女への後悔はずっと消えなかった。
もっと、早くに行動していたら。もっと、前から人間関係を円滑にするための努力をしていたら、今でも彼女は自分の横で笑っていてくれたのだろうかと、ずっと後悔の念が消えることはなかった。そして、『梨花』への罪悪感も。
「ごめんなさい。アイシャに、こんな前世の話をしても理解出来ないわよね。でもね、アイシャを見ていると若葉といるような錯覚を覚えるの。私が、初めて前世の記憶を取り戻した時も、貴方は立場の弱い侍女を庇い、上に立つ者の責任を説いてくれた。上司から叱責され、仲間内からも蔭口をたたかれていた時に、必死で私を庇っていた若葉と重なって見えたの。あの時から、アイシャと会う度に若葉を重ねていたのだと思う」
目の前に座り、泣き笑う彼女の顔に梨花の面影が重なって見える。
「変よね……、姿かたちも違うし、アイシャは引っ込み思案だった若葉とは性格も違うのにね。貴方が若葉なら騎士団の練習なんて参加するはずないもの。彼女のプライベートは極度の引きこもりだったから」
アイシャの心の中に、確信にも似た想いが芽生える。
クレア王女は『桐山梨花』なのだろう……
あぁぁ……、梨花もよく私を見て呆れているのか、心配しているのか、よくわからない困り顔で笑っていた。
趣味以外に全く興味を示さない若葉を心配して、色々な事を教えてくれたり、外へと連れ出してくれたのも梨花だった。
もしクレア王女が、本当に梨花であるなら、彼女を助けられなかった私を恨んではいないのだろうか?
会社内に広まった悪評を覆す行動を取れなかった私を梨花は許してくれていたのだろうか?
懐かしさに目頭が熱くなると同時に、ずっと抱えていた『梨花』に対する罪悪感が、アイシャの胸を締めつける。
「クレア様……、その若葉さんという方は、『望月若葉』と言いませんか?」
「――――っえ!? なぜ、アイシャが、若葉の事を知っているの?」
アイシャとクレア王女、二人の視線が絡み合う。そして、静寂が辺りを包み、時間だけが過ぎていく。
「クレア様、わたくしの前世が『望月若葉』なのでございます」
アイシャはため息と共に、今までひた隠しにして来た前世を語り出した。
クレア王女と……
いや、梨花と前世の事を話した。
二人で過ごした楽しかった日々。
梨花が会社を辞めるまでの辛く、苦しく、やるせなかった日々。
梨花が居なくなって、元凶となった課長の不正を暴くため奮闘した日々。
そして、死ぬ直前までの穏やかな日々。
梨花は、突然会社を辞め、連絡を絶った事を何度も何度も謝ってくれたが、そんな事はどうでも良かった。自分だって、彼女が一人辛かった時、悪評を覆すための行動を起こさなかったのだから、梨花に恨まれる事はあっても恨む筋合いはない。梨花が会社を辞めてから幸せな生涯を終えた事を知り、単純に嬉しかった。
「梨花が会社を辞めてから幸せな人生を送ったと知れて、本当に良かったわ」
「若葉、本当にごめんなさい。貴方が亡くなったと聞き、本当に後悔したの。もっと早く、貴方と話していたらって。その事だけが心残りだった。この世界で若葉にもう一度出逢えて良かった。貴方ともう一度話す事が出来て……」
「――――私もよ。梨花にずっと謝りたかったの。貴方を助けてあげられなかった事をずっと後悔していた。梨花に出逢えて本当に良かった」
二人の顔は、涙でぐちょぐちょだった。
二人は固く抱き合う。
時を越えて、時空を越えて、前世と今世が重なり合った瞬間だった。