転生アラサー腐女子はモブですから!?

破滅の足音【グレイス視点】

『アイシャ・リンベル伯爵令嬢は、愛する者の手で死を迎えるだろう。これは避けられぬ運命である』

 これで邪魔者は消え去り、わたくしはヒロインとして、大好きな乙女ゲームの世界に返り咲く。

 ノア王太子から『さきよみの力』を披露するように言われたグレイスは、内心マズい事になったと思っていた。なにしろ、ドンファン伯爵の身内だけに行ってきた予知とは訳が違うのだ。己を疑っている相手に行う予知は危険が伴う。しかも、王族相手だ。予知が『インチキ』だと露見すれば、極刑は免れない。

(でも、今までだってドンファン伯爵が上手くやっていたじゃない。今回だって、きっと上手くいく)

 グレイスは、不安を打ち消すように笑みを浮かべると、豪奢なソファへと腰かけ、ワインを一口飲むと、王城で捕らえられている間に考えた『アイシャ抹殺計画』のシナリオを頭に思い浮かべる。

 アイシャを始末出来る予知をしたのは我ながら上出来だったと思う。邪魔者を排除しつつ、白き魔女としての力も示す事が出来るなんて、一石二鳥のアイディアだ。

(後は、ドンファン伯爵に命じ、さっさとアイシャを殺して仕舞えばいいだけ。いつものように……)

 しかし、アイシャだけを殺すとなるとドンファン伯爵側に疑いを掛けられる可能性が残る。そこで登場するのがリアムだ。
 
『リアムとグレイスの婚約が決まったことで、リアムに捨てられたアイシャは、性格に難ありのアバズレ令嬢と社交界で噂されている。リアムを恨んでいたアイシャは、恨みを晴らそうと彼を呼び出す。しかし、返り討ちに合い、彼の持っていた剣で刺され倒れるアイシャ。しかし、最後の力を振り絞り立ち上がったアイシャは、彼女が死んだと思い背を向けていたリアムに短剣を突き刺す。そして二人は絶命しました』とさ。

――――なんて、シナリオはどうかしらね?

 我ながら良い策じゃない。
 私が目指すハーレムエンドに赤髪のリアムがいないのは寂しい気もするが、仕方ない。

 リアムは、今でもアイシャを愛している。

 ヒロインであるわたくしに(なび)かない男なんて、死んで当然よ。

 最押しのキース様もノア王太子もアイシャさえ死ねば、目を覚ます。本来あるべき姿に戻った乙女ゲームで、彼らが私に夢中にならない筈がない。

――――だって、この世界のヒロインは『グレイス』。私なんですもの。

 静まり返ったドンファン伯爵邸に、グレイスの不気味な高笑いが響く。ひっそりと静まり返った伯爵邸の違和感に、悦に入ったグレイスは気づかない。己のお気に入りの奴隷たちですら、側に侍っていないという事実に。

 真っ赤なワインを一口あおり、ゴクっと飲み下せば、口内に独特の苦味が広がり、胃が熱く燃え上がる。徐々に酩酊していく脳は、グレイスを心地よい夢の世界へと(いざ)なう。

 悪役令嬢アナベルと婚約したノア王太子も真実の愛に目覚め、ヒロインであるグレイスを愛するようになる。アナベルを追放し、グレイスが王太子妃となり、(かたわ)らに愛人としてキースを(はべ)らせる未来が始まる。

(あぁぁぁぁ……、あのスチルが見られないのは、少し残念だわ)

 玉座に座ったノア王太子の膝に座り、右手をキースに、左手をリアムに取られ口付けを受ける美麗なシーン。

 金、青、赤の攻略対象者に(かしず)かれたグレイスの恍惚(こうこつ)とした表情。あのシーンを再現出来ないのは非常に残念ではあるが、本来あるべき乙女ゲームの姿に戻すには、必要な犠牲だ。

 ソファから立ち上がったグレイスは、ふらつく足はそのままに扉へと向かう。

 さぁ、最後の仕上げをしよう。

 静まり返った廊下へと出たグレイスは、夢心地のまま、ドンファン伯爵の執務室へと歩みを進めた。

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