転生アラサー腐女子はモブですから!?
揺れ動く心
『アイシャよく聞いて! 例え、リアムが危険に晒される事になったとしても、助けに行かないで。これだけは約束して。わたくしはもう、貴方を絶対に失いたくないの。だからお願いよ……』
この先の未来か……
重厚な家具が置かれ、品の良い調度品が室内を飾るナイトレイ侯爵邸の貴賓室で大勢のお針子さんに囲まれ、青を基調とした豪奢なドレスの最終調整を受けていたアイシャは、クレア王女から知らされた真実を、思い返していた。
アイシャの想像した通り、リアムを心に残しながらキースのプロポーズを受けたヒロインの辿る結末は、バッドエンドだった。
前世の『若葉』だった頃の私ですらプレイした事がない結末。あの乙女ゲームにバッドエンドが存在することは知っていた。しかし、未プレイのシナリオを現実の世界で歩むことになろうとは考えてもいなかった。
『梨花』の記憶を持つクレア王女が教えてくれたヒロインの末路は、悪役令嬢に囚われたリアムを助けるため向かったボロ屋敷で、彼を助ける代わりに、自らの命を断つという最後だった。
やはり私は死ぬ運命なのだろうか?
乙女ゲームには存在しないアイシャは矯正力という名の元に淘汰されてしまうのかもしれない。
しかし、実際にこの世界でアイシャという存在は生きているのだ。現実の世界の『アイシャ』が迎える最期が、乙女ゲームのヒロインがたどる結末と同じだとは限らない。
私がリアムを見捨てれば良いだけの話よ……
キースとの婚約も控えている。彼と幸せな家庭を築くと決めたじゃない。
『私はアイシャを愛している』
誰もいない町の裏路地でリアムに抱きしめられ、紡がれた言葉がアイシャの脳裏をかすめる。
忘れるのよ、アイシャ……
脳裏を掠めたリアムの残像を打ち消すように、アイシャは頭を振る。
「アイシャ、どうしたの? 婚約発表の衣装合わせ疲れたか?」
「――――えっ?? あっ……、キース様、何でもありませんわ」
マズい……、今は打ち合わせ中だった。
近々行われる婚約発表の夜会の最終打ち合わせをするため、アイシャは、早朝からナイトレイ侯爵家へ来ていた。今は、夜会で着るドレスの軽い手直しをキースと一緒に受けている所だ。
「そうかぁ? 何だか疲れている様に見えるが……、おおかた、手直しも済んでいるし休憩にしようか」
キースの言葉に、ドレスの微調整をしていたお針子さん達が退出していく。そして、代わりに入って来た侍女達がお茶の準備を始め、セッティングが終わると頭を下げ、あっと言う間に扉から消える。あまりの手際の良さにアイシャが感心している間に、キースと二人きりになっていた。
『未婚の男女を二人きりにするのはどうかと思いますよぉぉぉぉ』というアイシャの心の叫びは、もちろんナイトレイ侯爵家の皆様には、相変わらず伝わらない。
「アイシャ、こっちに来てお茶にしよう。朝から打ち合わせの山で疲れただろう。甘い菓子もあるから、ゆっくり休もう」
ソファに座り、隣の空間を手でポンポンと叩き示すキースを見て、アイシャの顔が赤らむ。
(空いているソファは沢山あるのだから、隣に座らなくてもいいのに。まぁ、違う所に座っても、直ぐ隣に引っ越して来るのだし、気にしても仕方ないわね)
心の中でどうでもいい言い訳をしつつ、キースの隣に腰掛けたアイシャの前に、スッと紅茶が置かれる。そして、アイシャの好みを聞きつつ、テーブルの上の可愛らしいプチケーキやクッキーを取り分けたキースに小皿を手渡され、やっとアイシャは我に返った。
(本当、慣れって怖いわ……)
今では、甲斐甲斐しくキースに、世話をされることにも慣れてしまった。そんな現状を当たり前のように受け入れている自分の態度を客観視すれば、それは長い時間、キースと過ごしている証拠でもあった。
そんなことをぼんやりと考えていたアイシャに声がかかる。
「アイシャ、何か心配事があるのか? 数日前から、心ここに有らずというか、上の空というか。いつも眉間にシワを寄せて、考え込んでいるだろ。何かあったのか?」
「えっ!? わたくし、そんな様子でしたの? ごめんなさい。婚約の準備やら花嫁修業やら、慣れない事が多くて、疲れていただけですわ。わたくし、身体を動かす方が好きと言いますか……、一般的な令嬢が好む刺繍や編み物も苦手ですし、行儀作法も一から学び直しておりまして。侯爵家に嫁ぐとなると生半可な作法では、太刀打ち出来ないと、母からみっちり仕込まれておりますの」
「はは、女性は大変だな。でも、うちはそんなに作法に煩くないぞ。元々、武家だからなぁ~。荒っぽいというかガサツというか。あんまり気にするなよ。程々にな」
苦笑を漏らしたキースが、うつむくアイシャを見つめ、慰めるように彼女の頭を撫でる。
優しいのよね……
いつだってキースは優しい。
私の気持ちを最優先にしてくれる。
きっと彼は分かっている。まだ、私の心にリアムがいることも。
キースと過ごして、彼の優しさに触れて分かった。リアムと一緒にいた時みたいな高揚感も、ドキドキ感も、締めつけるような切なさも感じない。ただ、穏やかな時間が流れていく。心地良い時間が……
そんな結婚生活も良いじゃないか。
穏やかな時間の中で育む愛もある。
「アイシャ。本当に俺と結婚して後悔はしないか?」
「――――えっ!?」
紅茶のカップをテーブルに置き、アイシャへと向き直ったキースの真剣な眼差しと、戸惑いから視線を揺らすアイシャの瞳がかち合う。
「俺はアイシャの事を誰よりも愛しているし、今後も愛し続ける。絶対に悲しませるような事もしないし、幸せにする自信もある。しかし、アイシャがリアムの事で弱っている時につけ込んでプロポーズをした。はっきり言って強引にアイシャからYESをもぎ取ったようなものだ。アイシャがリアムを忘れられるまで待つと言ったのは本心だ。ただ、最近のアイシャが辛そうで、苦しそうで……、俺との婚約を後悔しているのではないか?」
キースと婚約した事を後悔している?
心臓の奥底がズキズキと痛みだし、それを誤魔化すようにアイシャは震える指先を握りしめる。
「いいえ。後悔なんてしていないわ。一緒に過ごした数ヶ月間、キース様は、わたくしの事をとても大切にして下さいました。キース様は、わたくしの気持ちを最優先に考えてくださいます。絶対に自分本意で動かれる事はなかった。貴方様といると穏やかな気持ちでいられますの。安心するというか……、きっと結婚生活も穏やかで安心出来る日々を送れると思います。そんな熟年夫婦みたいな関係もいいなぁ~って。だから、後悔などしておりませんわ」
「そうか……、必ず幸せにすると誓う。アイシャが誰からも傷つかないように全力で守ると誓う。温かな、幸せな家庭を作ろう。笑顔あふれる家庭を」
目の前に片膝をついたキースが、アイシャの左手を取る。薬指で輝くブルーサファイアの指輪に口づけが落とされ、それを見つめていたアイシャの心にわずかな痛みが走る。
「……はい」
キースと一緒なら大丈夫。
リアムの事は、もう忘れよう……
たとえリアムが危険に晒されても、キースとの未来をとるのよ。
アイシャ、もう忘れなさい……
頭の中で響く冷静な声を聴きながら、ジクジクと痛み出した心を無視し、アイシャはゆっくりと瞳を閉じた。
この先の未来か……
重厚な家具が置かれ、品の良い調度品が室内を飾るナイトレイ侯爵邸の貴賓室で大勢のお針子さんに囲まれ、青を基調とした豪奢なドレスの最終調整を受けていたアイシャは、クレア王女から知らされた真実を、思い返していた。
アイシャの想像した通り、リアムを心に残しながらキースのプロポーズを受けたヒロインの辿る結末は、バッドエンドだった。
前世の『若葉』だった頃の私ですらプレイした事がない結末。あの乙女ゲームにバッドエンドが存在することは知っていた。しかし、未プレイのシナリオを現実の世界で歩むことになろうとは考えてもいなかった。
『梨花』の記憶を持つクレア王女が教えてくれたヒロインの末路は、悪役令嬢に囚われたリアムを助けるため向かったボロ屋敷で、彼を助ける代わりに、自らの命を断つという最後だった。
やはり私は死ぬ運命なのだろうか?
乙女ゲームには存在しないアイシャは矯正力という名の元に淘汰されてしまうのかもしれない。
しかし、実際にこの世界でアイシャという存在は生きているのだ。現実の世界の『アイシャ』が迎える最期が、乙女ゲームのヒロインがたどる結末と同じだとは限らない。
私がリアムを見捨てれば良いだけの話よ……
キースとの婚約も控えている。彼と幸せな家庭を築くと決めたじゃない。
『私はアイシャを愛している』
誰もいない町の裏路地でリアムに抱きしめられ、紡がれた言葉がアイシャの脳裏をかすめる。
忘れるのよ、アイシャ……
脳裏を掠めたリアムの残像を打ち消すように、アイシャは頭を振る。
「アイシャ、どうしたの? 婚約発表の衣装合わせ疲れたか?」
「――――えっ?? あっ……、キース様、何でもありませんわ」
マズい……、今は打ち合わせ中だった。
近々行われる婚約発表の夜会の最終打ち合わせをするため、アイシャは、早朝からナイトレイ侯爵家へ来ていた。今は、夜会で着るドレスの軽い手直しをキースと一緒に受けている所だ。
「そうかぁ? 何だか疲れている様に見えるが……、おおかた、手直しも済んでいるし休憩にしようか」
キースの言葉に、ドレスの微調整をしていたお針子さん達が退出していく。そして、代わりに入って来た侍女達がお茶の準備を始め、セッティングが終わると頭を下げ、あっと言う間に扉から消える。あまりの手際の良さにアイシャが感心している間に、キースと二人きりになっていた。
『未婚の男女を二人きりにするのはどうかと思いますよぉぉぉぉ』というアイシャの心の叫びは、もちろんナイトレイ侯爵家の皆様には、相変わらず伝わらない。
「アイシャ、こっちに来てお茶にしよう。朝から打ち合わせの山で疲れただろう。甘い菓子もあるから、ゆっくり休もう」
ソファに座り、隣の空間を手でポンポンと叩き示すキースを見て、アイシャの顔が赤らむ。
(空いているソファは沢山あるのだから、隣に座らなくてもいいのに。まぁ、違う所に座っても、直ぐ隣に引っ越して来るのだし、気にしても仕方ないわね)
心の中でどうでもいい言い訳をしつつ、キースの隣に腰掛けたアイシャの前に、スッと紅茶が置かれる。そして、アイシャの好みを聞きつつ、テーブルの上の可愛らしいプチケーキやクッキーを取り分けたキースに小皿を手渡され、やっとアイシャは我に返った。
(本当、慣れって怖いわ……)
今では、甲斐甲斐しくキースに、世話をされることにも慣れてしまった。そんな現状を当たり前のように受け入れている自分の態度を客観視すれば、それは長い時間、キースと過ごしている証拠でもあった。
そんなことをぼんやりと考えていたアイシャに声がかかる。
「アイシャ、何か心配事があるのか? 数日前から、心ここに有らずというか、上の空というか。いつも眉間にシワを寄せて、考え込んでいるだろ。何かあったのか?」
「えっ!? わたくし、そんな様子でしたの? ごめんなさい。婚約の準備やら花嫁修業やら、慣れない事が多くて、疲れていただけですわ。わたくし、身体を動かす方が好きと言いますか……、一般的な令嬢が好む刺繍や編み物も苦手ですし、行儀作法も一から学び直しておりまして。侯爵家に嫁ぐとなると生半可な作法では、太刀打ち出来ないと、母からみっちり仕込まれておりますの」
「はは、女性は大変だな。でも、うちはそんなに作法に煩くないぞ。元々、武家だからなぁ~。荒っぽいというかガサツというか。あんまり気にするなよ。程々にな」
苦笑を漏らしたキースが、うつむくアイシャを見つめ、慰めるように彼女の頭を撫でる。
優しいのよね……
いつだってキースは優しい。
私の気持ちを最優先にしてくれる。
きっと彼は分かっている。まだ、私の心にリアムがいることも。
キースと過ごして、彼の優しさに触れて分かった。リアムと一緒にいた時みたいな高揚感も、ドキドキ感も、締めつけるような切なさも感じない。ただ、穏やかな時間が流れていく。心地良い時間が……
そんな結婚生活も良いじゃないか。
穏やかな時間の中で育む愛もある。
「アイシャ。本当に俺と結婚して後悔はしないか?」
「――――えっ!?」
紅茶のカップをテーブルに置き、アイシャへと向き直ったキースの真剣な眼差しと、戸惑いから視線を揺らすアイシャの瞳がかち合う。
「俺はアイシャの事を誰よりも愛しているし、今後も愛し続ける。絶対に悲しませるような事もしないし、幸せにする自信もある。しかし、アイシャがリアムの事で弱っている時につけ込んでプロポーズをした。はっきり言って強引にアイシャからYESをもぎ取ったようなものだ。アイシャがリアムを忘れられるまで待つと言ったのは本心だ。ただ、最近のアイシャが辛そうで、苦しそうで……、俺との婚約を後悔しているのではないか?」
キースと婚約した事を後悔している?
心臓の奥底がズキズキと痛みだし、それを誤魔化すようにアイシャは震える指先を握りしめる。
「いいえ。後悔なんてしていないわ。一緒に過ごした数ヶ月間、キース様は、わたくしの事をとても大切にして下さいました。キース様は、わたくしの気持ちを最優先に考えてくださいます。絶対に自分本意で動かれる事はなかった。貴方様といると穏やかな気持ちでいられますの。安心するというか……、きっと結婚生活も穏やかで安心出来る日々を送れると思います。そんな熟年夫婦みたいな関係もいいなぁ~って。だから、後悔などしておりませんわ」
「そうか……、必ず幸せにすると誓う。アイシャが誰からも傷つかないように全力で守ると誓う。温かな、幸せな家庭を作ろう。笑顔あふれる家庭を」
目の前に片膝をついたキースが、アイシャの左手を取る。薬指で輝くブルーサファイアの指輪に口づけが落とされ、それを見つめていたアイシャの心にわずかな痛みが走る。
「……はい」
キースと一緒なら大丈夫。
リアムの事は、もう忘れよう……
たとえリアムが危険に晒されても、キースとの未来をとるのよ。
アイシャ、もう忘れなさい……
頭の中で響く冷静な声を聴きながら、ジクジクと痛み出した心を無視し、アイシャはゆっくりと瞳を閉じた。