転生アラサー腐女子はモブですから!?
 ガラガラガラガラ…………

「……うっ…んぅ……眩しい………………」

「グレイスお嬢様、目を覚まされましたか?」

「――――えっ!? セスなの?」

 板張りの簡素な座席に横たわっていたグレイスは、聴き覚えのある声に身体を起こす。目の前には、ニッコリと笑うセスが座っている。

 これは……、夢なの?

 自分の置かれた状況が飲み込めず、グレイスは辺りを見回す。狭い箱型の空間に向かい合わせの座席が二つ。窓はないが、ガタガタと揺れる振動に、グレイスは簡素な馬車に乗っていると理解した。

「お久しぶりですね。地下牢生活はいかがでしたか? 最下層の生活も、なかなかのものでしょう?」

「セス、貴方が私を処刑場まで連れて行くのね。さぞかし、私を憎く思っていた事でしょう。平民出の女に、貴族のお坊ちゃんが、顎で使われていたのですもの。最期に、罵声でも浴びせに来たのかしら?」

「いいえ。違います……」

「じゃあ、何よ! (みじ)めに死んでいく私を笑いにでも来たの!!」

「それも違います……」

 目の前に座るセスの顔つきが変わり、心底おかしいとでも言うように、ケタケタと笑い出す。

「何が違うって言うのよ!? 手枷に足枷までつけた私を処刑場まで連れて行くのでしょ!!」

「処刑場まで連れて行く必要なんてありませんよ。貴方を地下牢から勝手に連れ出したのは、私ですから」

 セスは私を救い出してくれたの?

 最後まで私の味方でいてくれたセス。
 ドンファン伯爵を殺した後も、手足となり働いてくれたセス。

 セスの言葉に、グレイスの心が期待で震えるが、次に続いた彼の言葉に、心が急速に冷えていく。

「あぁ。勘違いしないでくださいね。私は貴方を救い出した訳ではありません。ノア王太子との密約通り、戦利品を頂いたまでです」

 ノア王太子との密約?
 どういう事なの? 戦利品ってなによ?

「ふふふ。貴方はずっと私が忠実な執事だと思っていたようですが、私の本当の主人(あるじ)は、ノア王太子ですよ。今までの貴方の計画は全て筒抜け、まんまと罠にかかったのは、グレイス、貴方だったという訳です。白き魔女ですか? さきよみの力などない癖に、ドンファン伯爵に踊らされ、罪を重ねていく貴方は実に愚かで、美しかった」

 狂気を(はら)んだ目をして饒舌(じょうぜつ)に語り出したセスに恐怖を覚える。

「今まで言うことを聞いていたのも、わたくしを(あざむ)くため? わたくしを陥れるため、ノア王太子と結託(けったく)していたと」

「えぇ。そうです。全ては、貴方を手に入れるためにね」

 不気味に笑うセスを見つめ、グレイスは得体の知れない恐怖に背を戦慄かせる。

 セスは、私をどうする気なの?

 耐えきれないほどの恐怖感から逃げ出したくて、グレイスは後ずさろうと身動ぐが、狭い馬車の中、それも叶わない。

「私が恐ろしいですか? 恐怖に見開かれた瞳のなんと美しいことか」

 グレイスの簡素なワンピースの胸元が、セスの手で引き裂かれる。

「グレイス、貴方は今日処刑された。もうこの世に貴方はいない……、手に入れた戦利品を私がどう扱おうが構わないでしょう? この世から消え去った貴方が頼れるのは私しかいない。貴方の全ては私だけのものだ」

 仄暗い感情を宿したセスの瞳に、怯えた目をしたグレイスが写る。

 私は死んだ……
 そう……、私は彼の瞳の中でしか生きられない。

 硬い背もたれに背中を押し付けられて、セスに唇を貪られる。痛みを凌駕するほどの熱が、グレイスの思考を停止させる。黒い炎を(はら)んだ瞳に見つめられ、グレイスの心の奥底に(くすぶ)り続けた欲望があふれ出す。

 あぁぁぁぁ、ずっと欲しかったセス……、何度、誘惑しようとも決して手に入らなかったセスが、私を貪る。

 官能に支配された脳が、鮮明な記憶を呼び覚ます。

『セス・ランバン』

 彼こそ、前世死ぬ間際まで攻略に苦戦した隠しキャラではないか。なぜ、今まで忘れていたのだろう……

 悪役令嬢に付き従う忠実な執事だった『セス・ランバン』

 あんなに熱中してやり込んだ乙女ゲームの中で、セスだけは最後まで攻略出来なかった。

 あぁぁ、やっと彼を攻略出来たのね。やはりこの世界のヒロインは、『私』なのね……

 セスに囚われて過ごす未来。
 これが、ヒロインとして転生した『私』のエンディングなんだわ……

 去来した幸福感を胸に、セスから与えられる甘美な愛撫に、グレイスは身を委ねた。
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