転生アラサー腐女子はモブですから!?
 数ヶ月前から始まった恐怖のダンスレッスンを思い出し、アイシャの顔がひきつる。

 何故か嬉々としてダンスパートナーとなった兄と鬼教官と化した母との地獄の特訓。その甲斐もあり、人前で踊るのに耐えうる腕前とはなっている。始めは引けていた腰も、兄のセクハラ紛いのホールドと、母からの容赦のない叱責を経て、初心者にしてはサマになっていると思う。

(元々、運動神経だけはよかったのよね)

 幼い頃から続けた剣の鍛錬が、思いがけない方向へと花開いた瞬間だった。

(まぁ夜会で私にダンスを申し込むような、奇特な奴もいないし、大丈夫よ)

 それに、一年間で母と参加しまくったお茶会で、多くの令嬢とも知り合いになり、友達と呼べるほど親しくなった令嬢達もいる。そのお友達令嬢から社交界デビューの心構えを教えてもらったアイシャは、怖いものなしだ。

『デビュタントは壁の花となれ!!』

 目立たず、淑やかに。
 紳士から話しかけられてもホイホイついていかない。微笑を浮かべ相槌を打っていればそのうちいなくなる。

(なんて簡単な心構え! とにかく目立たず、人目が多い所では壁の花になっていれば良いだなんて、平々凡々な私にはピッタリ!)

 それに、大人の世界のキャッキャウフフな男同士の恋愛模様も見れるかもしれない。きっと王城には美味しい食べ物もあるはず。美食を堪能しつつ、大人の男の恋愛模様を観察出来るなんて……

 壁の花、最高!!

 アイシャは夜会で振る舞われる豪華な料理と濃密な男同士の触れ合いに思いを馳せ、締まりのない顔をアマンダに叱られながら準備に取り掛かった。

 アイシャの友人達は気づいていたのだ。いかにアイシャが魅力的で無防備な令嬢であるかと言うことに。

 蜂蜜色に輝くサラサラの髪に、コバルトブルーの瞳と淡いピンク色のふっくらとした唇を持つアイシャは、まだ少女の面影を残しながらも、どこか危うい色香を放っていた。そのくせ、性にはとことん疎く、その手の誘いを見事にスルーする姿は、フラれた相手に同情を抱くほどだった。

 アイシャに粉をかけようとして振られた貴族子息の多いこと。

 アイシャは何もしなくても目立つのだ。そんな彼女が百戦錬磨集う社交界に放たれてしまう。そんな無防備なアイシャを放置していたら、猛獣の檻の中に放り込まれた羊よろしくあっと言う間に、悪い男に喰われてしまう。

 誰に対しても気さくで裏表のないアイシャの存在は、友人令嬢達にとって魑魅魍魎ひしめき合い、一瞬でも気を抜けば蹴落とされる貴族社会において、安心して気を抜くことが出来る唯一の存在でもあった。そんな彼女が傷つくところなど見たくない。

 アイシャをこよなく愛する友人令嬢達はある策をこうじる事にした。

『デビュタントは壁の花となれ!』

 本来のデビュタントの心構えとは逆の事を教えたのだ。

 十八歳で社交界デビューをする令嬢達は、婚約者がいる者を除き、夜会で結婚相手を見つけねばならない。そのため、壁の花に甘んじるなど論外だ。特にデビュタントは、皆、同じ白のドレスを身につけるため、目立たねば他のデビュタントに埋もれ、声すらかけてもらえない。

 高位貴族も集まる王城の夜会は、下位貴族にとっては結婚相手を見つける最大のチャンスだ。だからこそ壁の花になるなど論外なのだが、アイシャを猛獣どもから守るには仕方ない。あとは、すでにデビューを果たした令嬢が側にいれば問題ない。

 友人令嬢達がそんな策を練っているとはつゆ知らず、素直なアイシャはデビュタントの心構えを胸に王城へ向け出立した。
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