転生アラサー腐女子はモブですから!?
「わたくし、いつからリアム様の婚約者になったのかしら?」
「そうだね〜、正確には婚約者になる予定かな?」
「はぁ? わたくし、そんな話、どこからも聞いておりませんけど」
「アイシャの七歳の誕生日パーティーからずっと、婚約者候補ではあるんだけどなぁ~」
「あぁ~なんだ。あの時の事をおっしゃっていたのね。お母様に聞きましたけど、幼少期の婚約者探しは貴族社会では必須なんですってね」
クスクスと笑うリアムを見て、自分の考えが当たっていたことを悟る。
「幼い頃から将来有望な子息に目をつけて、他家に取られる前に婚約してしまおうって、魂胆なんでしょ。あの日以来、両親から婚約者の話も出ませんでしたし、あの時の婚約云々は、今はもう全く関係ないんじゃないかしら」
「はぁぁ、アイシャの認識は今もその程度なんだね。私も他の二人と同じ立ち位置なのか……」
「えっ!? リアム様、何か言いましたか?」
「………くくっ…いや………」
手で顔をおおい、肩を震わせ笑うリアムに首を捻る。
(私、変なこと言ったかしら?)
久しぶりに会った旧友との会話に夢中になっていたアイシャは、いつの間にか美しい庭園の四阿まで歩いて来ていた。リアムに促され、ベンチへと座る。
(それにしても、一年会わないだけで男の人って、こんなに変わるものなのね)
アイシャは横に腰掛けたリアムの横顔を盗み見る。背中まで伸びた赤髪を一つにくくり、今まで見たことがなかった横顔が顕になっている。
キリッとした目元に、スッキリとした鼻筋と薄めの唇、それに続くシャープな顎から首筋のライン。一年前には確かに感じていた少年の面影が抜け、大人の色気を纏うリアムに、アイシャの心臓がドキッと跳ねる。
(なんだか、おかしいわぁ……)
知らず知らずの内に頬に熱がのぼり、赤く染まる。周りが宵闇に包まれていなければ、頬の赤みに気づかれていたかもしれない。そう思えば、さらに心臓の鼓動は速まる。
「アイシャ、どうしましたか?」
リアムの横顔を見つめていた事に気づき、慌ててうつむく。
「いいえ、何でもないのよ。それよりも、さっき私に話しかけてきた真っ赤なドレスの令嬢って、誰かわからないかしら?」
「あぁ~、あの令嬢ですか? 随分と辛辣な事を言われていた様ですが。公衆の面前で一人の令嬢を多数で詰るとは、卑怯にも程がある」
「あら、そうかしら? わたくし、あの真っ赤なドレスを着た令嬢、好きでしてよ。お友達になりたいくらいには」
「はぁっ? 何を言っているのですか!? 仮にも、貴方はあの令嬢に罵られていたのですよ!」
「まぁ、そうよね。でも見方を変えれば、あの方は至極真っ当な事をおっしゃっていたわよ。自身が慕っている男性が、ぽっと出のデビュタントと二回もダンスを踊り、しかも次は令嬢の憧れの騎士様とも二回も続けてダンスを踊ったのよ。そりゃあ、誰だって『あの女、何なのよ!!』って怒るのは当然だわ」
「確かに、そうかもしれませんね。ただ、公の場で詰るのは、人としてどうかとも、思いますが」
「そうね、普通はしないわ。大抵の令嬢は怒っていても我慢するか、陰でコッソリ嫌がらせをするのが関の山よ。あの方のように、面と向かって苦言を呈するなんて、まず出来ない。あんな馬鹿正直な方、貴族社会では貴重よ」
「馬鹿正直って……、確かにアナベル嬢はちょっと頭が足りないと言うか、乗せられやすいと言うか」
「あの方、アナベル様って言うのね。では、リンゼン侯爵家の。道理で沢山のお友達がいらっしゃる訳ね。確か陛下の妹殿下が降嫁した家ですものね。まぁ、アナベル様の人柄もあるでしょうけど」
「そうだね。王家と繋ぎをつけたい者達もアナベル嬢の取り巻きをしているが、あの性格に惹かれる者もいるだろうね。辛辣な言葉は言うが間違った事は言っていない。誰に対しても公平ではあるし、言いたい事は、はっきり言う。なかなか言いたい事も言えない令嬢達には人気があるよ」
(やっぱりね)
たぬきの化かし合いが日常の貴族社会において、アナベル嬢のような裏表がない令嬢は貴重な存在だ。安心してお付き合いが出来る。そして、アナベル嬢は、下級貴族の心の代弁者役を嬉々として受け入れている節がある。
多くの令嬢から慕われるのも納得だ。
「ただ、今夜は少々度が過ぎていたな。あの場で、デビュタントを貶める言葉を選んだ時点で品位を疑われる。そんな事も分からない程、馬鹿ではないと思うが」
「まぁ、仕方ないわよ。あの方、ノア王太子殿下の婚約者候補筆頭と言っていたわ。それだけではなくって、たぶん王太子殿下に恋をしているのよ」
(私を睨む目が、わずかに潤んでいたもの。ノア王太子が好きなのよね、きっと)
「誰だって、好きな相手が他の女とダンスを踊っているのを見れば、嫉妬だってするでしょ。本人の怒りのボルテージが振り切れてしまったのか、または取り巻き令嬢に乗せられてしまったのかは、分からないけど」
(やっぱりお友達になりたいわ。どうしたらお近づきになれるかしら?)
「確かに、好きな相手が他の男とダンスを踊る姿は、愉快なモノではないね」
「――――へっ? 何か言った?」
アナベル嬢とのお友達計画を思案していたアイシャは、リアムの言葉を聞き逃してしまう。
「いや、何でもないよ。そう言う君だって、令嬢達から絶大な人気を誇っていると思うけど? 令嬢達以外にも、アイシャを狙っていた子息も多いとかなんとか」
「はぁ?? わたくし、全くモテないわよ。だって、ここ一年で参加したお茶会やパーティーでも、誘われたことなんてなかったもの」
「はぁぁ……、この鈍感」
大きなため息をついたリアムが、アイシャをジト目で見つめる。
「じゃあ、私が一年前にアイシャにした告白も、無かったことになっているのかな?」
「――――告白!?」
あの日の出来事が、アイシャの脳裏に蘇る。好きだと言われ、キスされた日のことを思い出し、心臓がドキリっと跳ね上がった。そして、アイシャが気づいた時には、ベンチに押し倒されていた。
リアムの唇が近づいて来る。
「もう一度、思い出させてあげる」
その言葉を最後に、唇を塞がれていた。
軽くキスされただけなのに、唇から伝わる熱が全身を痺れさせる。一度離れた唇が再度近づき、深く交わった時、アイシャの理性は崩壊した。
「潤んだ瞳に赤く染まった頬、そして誘うように艶めく唇………、参ったな。まさかキスに応えてくれるとは」
「………ふぇ?」
急に離れていった熱に寂しさが募り、見上げた先の瞳に囚われる。また心臓がトクンっと鳴る。
ただ、切なさを滲ませた瞳で見つめられても、その意味がわからない。
「まさか無自覚か?」
「リアム様、何言って……」
突然、肩を震わせ笑い出したリアムに面食らう。
「ひとつ忠告だ! 人気のない場所で男と二人きりになるとどうなるか自覚した方がいい。あっという間に喰われるぞ」
アイシャは今やっと、リアムの言葉を正しく理解した。
(誰もいない四阿で二人きり。あぁぁぁ、マズいぃぃぃぃぃ。しかも押し倒されてるし)
「リアム! アイシャから離れろ!!」
突然響いた鋭い声に、リアムが上体を起こす。急に身体から消えた重みに、寂しさを感じている自分に戸惑いを覚える。
「時間切れのようだね」
四阿に、血相を変え飛び込んで来たダニエルの怒声が響く。
「アイシャ、これに懲りたら自分の行動には充分注意すること。男は皆、ケダモノだからね」
アイシャは早鐘を打つ心臓の音を聴きながら、ゆっくり遠ざかるリアムの背を見つめることしか出来なかった。
「アイシャ! リアムに何かされたのか!?」
リアムの姿が消えると同時に、必死の形相のダニエルに問いただされる。
(何かあったとしても答えないでしょう。普通……)
冷静さを取り戻したアイシャが、兄の問いにあきれ半分で答える。
「何もありませんわ! 会場に戻りましょう」
「待て! 今、会場は大騒ぎになっている。アイシャまで戻れば更に混乱を招く事になる。このまま帰ろう」
確かに、このまま会場に戻るのは得策ではない。様々な憶測が飛び交う会場に戻れば、火に油を注ぐことにもつながる。アイシャは兄ダニエルの提案を受け入れ、エントランスへと向かうと馬車に乗りこみ、帰宅の徒についた。
その頃、主役がいなくなった夜会会場では、注目を集めたデビュタントが消えた事で、様々な憶測が生まれていた。
『消えたデビュタントこと、アイシャ・リンベル伯爵令嬢は、どうやらノア王太子殿下、キース・ナイトレイ侯爵子息、リアム・ウェスト侯爵子息から求婚されているらしい』
社交界の寵児とも称される三人の子息から一度に求婚されたアイシャの噂はたちまち広がり、後に大騒動を巻き起こす事となる。
「そうだね〜、正確には婚約者になる予定かな?」
「はぁ? わたくし、そんな話、どこからも聞いておりませんけど」
「アイシャの七歳の誕生日パーティーからずっと、婚約者候補ではあるんだけどなぁ~」
「あぁ~なんだ。あの時の事をおっしゃっていたのね。お母様に聞きましたけど、幼少期の婚約者探しは貴族社会では必須なんですってね」
クスクスと笑うリアムを見て、自分の考えが当たっていたことを悟る。
「幼い頃から将来有望な子息に目をつけて、他家に取られる前に婚約してしまおうって、魂胆なんでしょ。あの日以来、両親から婚約者の話も出ませんでしたし、あの時の婚約云々は、今はもう全く関係ないんじゃないかしら」
「はぁぁ、アイシャの認識は今もその程度なんだね。私も他の二人と同じ立ち位置なのか……」
「えっ!? リアム様、何か言いましたか?」
「………くくっ…いや………」
手で顔をおおい、肩を震わせ笑うリアムに首を捻る。
(私、変なこと言ったかしら?)
久しぶりに会った旧友との会話に夢中になっていたアイシャは、いつの間にか美しい庭園の四阿まで歩いて来ていた。リアムに促され、ベンチへと座る。
(それにしても、一年会わないだけで男の人って、こんなに変わるものなのね)
アイシャは横に腰掛けたリアムの横顔を盗み見る。背中まで伸びた赤髪を一つにくくり、今まで見たことがなかった横顔が顕になっている。
キリッとした目元に、スッキリとした鼻筋と薄めの唇、それに続くシャープな顎から首筋のライン。一年前には確かに感じていた少年の面影が抜け、大人の色気を纏うリアムに、アイシャの心臓がドキッと跳ねる。
(なんだか、おかしいわぁ……)
知らず知らずの内に頬に熱がのぼり、赤く染まる。周りが宵闇に包まれていなければ、頬の赤みに気づかれていたかもしれない。そう思えば、さらに心臓の鼓動は速まる。
「アイシャ、どうしましたか?」
リアムの横顔を見つめていた事に気づき、慌ててうつむく。
「いいえ、何でもないのよ。それよりも、さっき私に話しかけてきた真っ赤なドレスの令嬢って、誰かわからないかしら?」
「あぁ~、あの令嬢ですか? 随分と辛辣な事を言われていた様ですが。公衆の面前で一人の令嬢を多数で詰るとは、卑怯にも程がある」
「あら、そうかしら? わたくし、あの真っ赤なドレスを着た令嬢、好きでしてよ。お友達になりたいくらいには」
「はぁっ? 何を言っているのですか!? 仮にも、貴方はあの令嬢に罵られていたのですよ!」
「まぁ、そうよね。でも見方を変えれば、あの方は至極真っ当な事をおっしゃっていたわよ。自身が慕っている男性が、ぽっと出のデビュタントと二回もダンスを踊り、しかも次は令嬢の憧れの騎士様とも二回も続けてダンスを踊ったのよ。そりゃあ、誰だって『あの女、何なのよ!!』って怒るのは当然だわ」
「確かに、そうかもしれませんね。ただ、公の場で詰るのは、人としてどうかとも、思いますが」
「そうね、普通はしないわ。大抵の令嬢は怒っていても我慢するか、陰でコッソリ嫌がらせをするのが関の山よ。あの方のように、面と向かって苦言を呈するなんて、まず出来ない。あんな馬鹿正直な方、貴族社会では貴重よ」
「馬鹿正直って……、確かにアナベル嬢はちょっと頭が足りないと言うか、乗せられやすいと言うか」
「あの方、アナベル様って言うのね。では、リンゼン侯爵家の。道理で沢山のお友達がいらっしゃる訳ね。確か陛下の妹殿下が降嫁した家ですものね。まぁ、アナベル様の人柄もあるでしょうけど」
「そうだね。王家と繋ぎをつけたい者達もアナベル嬢の取り巻きをしているが、あの性格に惹かれる者もいるだろうね。辛辣な言葉は言うが間違った事は言っていない。誰に対しても公平ではあるし、言いたい事は、はっきり言う。なかなか言いたい事も言えない令嬢達には人気があるよ」
(やっぱりね)
たぬきの化かし合いが日常の貴族社会において、アナベル嬢のような裏表がない令嬢は貴重な存在だ。安心してお付き合いが出来る。そして、アナベル嬢は、下級貴族の心の代弁者役を嬉々として受け入れている節がある。
多くの令嬢から慕われるのも納得だ。
「ただ、今夜は少々度が過ぎていたな。あの場で、デビュタントを貶める言葉を選んだ時点で品位を疑われる。そんな事も分からない程、馬鹿ではないと思うが」
「まぁ、仕方ないわよ。あの方、ノア王太子殿下の婚約者候補筆頭と言っていたわ。それだけではなくって、たぶん王太子殿下に恋をしているのよ」
(私を睨む目が、わずかに潤んでいたもの。ノア王太子が好きなのよね、きっと)
「誰だって、好きな相手が他の女とダンスを踊っているのを見れば、嫉妬だってするでしょ。本人の怒りのボルテージが振り切れてしまったのか、または取り巻き令嬢に乗せられてしまったのかは、分からないけど」
(やっぱりお友達になりたいわ。どうしたらお近づきになれるかしら?)
「確かに、好きな相手が他の男とダンスを踊る姿は、愉快なモノではないね」
「――――へっ? 何か言った?」
アナベル嬢とのお友達計画を思案していたアイシャは、リアムの言葉を聞き逃してしまう。
「いや、何でもないよ。そう言う君だって、令嬢達から絶大な人気を誇っていると思うけど? 令嬢達以外にも、アイシャを狙っていた子息も多いとかなんとか」
「はぁ?? わたくし、全くモテないわよ。だって、ここ一年で参加したお茶会やパーティーでも、誘われたことなんてなかったもの」
「はぁぁ……、この鈍感」
大きなため息をついたリアムが、アイシャをジト目で見つめる。
「じゃあ、私が一年前にアイシャにした告白も、無かったことになっているのかな?」
「――――告白!?」
あの日の出来事が、アイシャの脳裏に蘇る。好きだと言われ、キスされた日のことを思い出し、心臓がドキリっと跳ね上がった。そして、アイシャが気づいた時には、ベンチに押し倒されていた。
リアムの唇が近づいて来る。
「もう一度、思い出させてあげる」
その言葉を最後に、唇を塞がれていた。
軽くキスされただけなのに、唇から伝わる熱が全身を痺れさせる。一度離れた唇が再度近づき、深く交わった時、アイシャの理性は崩壊した。
「潤んだ瞳に赤く染まった頬、そして誘うように艶めく唇………、参ったな。まさかキスに応えてくれるとは」
「………ふぇ?」
急に離れていった熱に寂しさが募り、見上げた先の瞳に囚われる。また心臓がトクンっと鳴る。
ただ、切なさを滲ませた瞳で見つめられても、その意味がわからない。
「まさか無自覚か?」
「リアム様、何言って……」
突然、肩を震わせ笑い出したリアムに面食らう。
「ひとつ忠告だ! 人気のない場所で男と二人きりになるとどうなるか自覚した方がいい。あっという間に喰われるぞ」
アイシャは今やっと、リアムの言葉を正しく理解した。
(誰もいない四阿で二人きり。あぁぁぁ、マズいぃぃぃぃぃ。しかも押し倒されてるし)
「リアム! アイシャから離れろ!!」
突然響いた鋭い声に、リアムが上体を起こす。急に身体から消えた重みに、寂しさを感じている自分に戸惑いを覚える。
「時間切れのようだね」
四阿に、血相を変え飛び込んで来たダニエルの怒声が響く。
「アイシャ、これに懲りたら自分の行動には充分注意すること。男は皆、ケダモノだからね」
アイシャは早鐘を打つ心臓の音を聴きながら、ゆっくり遠ざかるリアムの背を見つめることしか出来なかった。
「アイシャ! リアムに何かされたのか!?」
リアムの姿が消えると同時に、必死の形相のダニエルに問いただされる。
(何かあったとしても答えないでしょう。普通……)
冷静さを取り戻したアイシャが、兄の問いにあきれ半分で答える。
「何もありませんわ! 会場に戻りましょう」
「待て! 今、会場は大騒ぎになっている。アイシャまで戻れば更に混乱を招く事になる。このまま帰ろう」
確かに、このまま会場に戻るのは得策ではない。様々な憶測が飛び交う会場に戻れば、火に油を注ぐことにもつながる。アイシャは兄ダニエルの提案を受け入れ、エントランスへと向かうと馬車に乗りこみ、帰宅の徒についた。
その頃、主役がいなくなった夜会会場では、注目を集めたデビュタントが消えた事で、様々な憶測が生まれていた。
『消えたデビュタントこと、アイシャ・リンベル伯爵令嬢は、どうやらノア王太子殿下、キース・ナイトレイ侯爵子息、リアム・ウェスト侯爵子息から求婚されているらしい』
社交界の寵児とも称される三人の子息から一度に求婚されたアイシャの噂はたちまち広がり、後に大騒動を巻き起こす事となる。