転生アラサー腐女子はモブですから!?
誕生日会という名のお見合いパーティー
赤髪の美少年から上手く逃げられたアイシャは、ぎこちない足取りで会場へと戻ってきた。
(あぁ、怖かった。なんだあの赤髪美少年の迫力は……)
前世で数多の修羅場をくぐり抜けて来た精神年齢三十路のアイシャが本当にちびりそうになっていた。
そう言えば、よく上司にも怒鳴られた。新人の頃はよく失敗もしたし、上顧客の理不尽な要求にも真っ正面から立ち向かい危うく修羅場になりかけた事もあった。昔から権力を使った弱い者虐めには我慢出来ない性分だった。
(あんな子供に圧倒されたのは、まだまだ七歳の子供の身体だからだわ! きっと、そうに決まっている)
心の中で、自分自身に喝を入れていたアイシャに声がかかる。
「アイシャ、大丈夫? 何だか疲れた顔をしているわ」
色々と考え事をしていたアイシャは、母ルイーザが近づいて来ていたのに気づいていなかった。
「お母様、ごめんなさい。大丈夫ですわ。初めての事で疲れてしまって」
「そうよね。こんなに沢山の方達にホスト役として挨拶したのだから疲れるわよね。なら子供同士の方が楽しいかしら?」
ドレスの影で握り拳を作り、令嬢にあるまじき気合いを入れていたシーンを母に見られていなかったことに安堵していたアイシャは、母がつぶやいた不穏な言葉をスルーしてしまった。
「えっ? ちょ、ちょっと、待って……」
母に手を引かれたアイシャが気づいた時には、数名の子供が談笑している輪の中へ放り込まれていた。
(何故ここには男子しかいないの!?)
突然の珍入者に歓談していた子息の視線が集まる。
(お、お母さま、なんて事してくれたのよぉぉぉぉ!! これじゃまだ一人の方がマシよ!)
アイシャを見つめるいくつもの視線に負けじとその場でカーテシーをとる。
「わたくしリンベル伯爵家のアイシャと申しましゅっ……」
(噛んでしまった……、最悪だ。よりによって子供の前で噛むなんて……)
恥ずかしさからアイシャの顔がみるみる赤くなっていく。
「……………ぷっ、ははは……」
吹き出したような笑い声に思わず顔を上げれば、赤髪の美少年がお腹を抱えて笑っているではないか。
(アイツぅぅぅぅ。バカにして!!)
怒りと羞恥心でアイシャの身体が震えだす。そんな彼女を気づかうように優しい声が降ってきた。
「リアム、女性に対して失礼だよ。ごめんね、僕の友達が失礼なことをして」
アイシャを擁護したのは、あの金髪碧眼の美少年だったのだ。
怒りで震える手を抑えるためドレスの裾を強く握っていた手を優しく取られ、気づいた時には金髪碧眼の美少年がアイシャの手の甲にキスを落としていた。
まるでどこぞの乙女ゲームのような展開に、放心状態のアイシャを残し、場面は勝手に進んでいく。
「初めましてアイシャ嬢。僕は、ノア・エイデンって言うんだ。以後お見知りおきを」
(ノア・エイデン……エイデン!! まさか!!)
「ノア王太子殿下であらせられますか!? 大変失礼致しました!」
アイシャは慌てて掴まれていた手を引っこ抜き、頭を下げ数十歩後退した。手を掴んでいた王太子殿下の手が行方をなくしプラプラしているが、そんなこと知ったことではない。
(なんで、たかが伯爵家の七歳の子供の誕生日会に王太子殿下が参加してるのよぉぉぉぉ)
両親の恐るべき交友関係に慄いていたアイシャは王太子殿下のお言葉を聞けるだけの余裕はすでにない。どうにかこの場を切り抜けようとカーテシーを取り続けているアイシャの頭上からふてぶてしい声が降ってくる。
「そろそろ顔上げたらどう? 床とお友達になりたいわけじゃないでしょ」
ゆっくりと顔を上げたアイシャの目の前には、赤髪のアイツが立っていた。
「先程はリンベル伯爵家の令嬢とはつゆ知らず失礼致しました。私は、ウェスト侯爵家のリアムと言います。
以後お見知りおきを……、ピンクの子猫ちゃん」
(コイツぅぅぅ、さっきの当て付けかぁ!!)
アイシャは目の前の赤髪美少年を睨みつけるが、ヤツはニタニタと余裕の笑みを浮かべ、小馬鹿にしたような態度を隠しもしない。
ヤツからさっさと視線を逸らしたアイシャは、やり取りを注視していた他の子息、子女に向き直り、改めてカーテシーを取り、あいさつをする。
「皆さま、お騒がせ致しました。わたくし失礼い――――」
「リンベル伯爵令嬢! 私は……」
「アイシャ様、僕は――」
「こちらでお話致しましょう!」
さっさとこの場を立ち去ろうと考えていたアイシャだったが、群がる男共に取り囲まれ身動きが取れない。
迫り方が容赦ない。
(近い近い近い、ひぃっ! 助けて!! わたくしは遠くから男の子達を観察するのが好きなのよぉぉぉ)
「そろそろ私の妹を返してもらってもいいかな? 今までアイシャはこんなに沢山の人に囲まれたことがないんだ。怯えている」
アイシャの心の叫びが届いたのかダニエルが助け舟を出してくれる。
(お兄さま、笑顔だけど目が笑っていないわよ。より怖さが増してますわ)
アイシャに群がっていた男共が一斉に後退する。
(お兄様、すごっ!!)
アイシャはダニエルの迫力に負け後退した男どもの輪の中から助け出され、控えの間へと退散する事が出来た。
「アイシャ大丈夫だったかい? 怖かっただろう?」
ソファに座ったアイシャを抱きしめようと手を伸ばすダニエルの動きを素早く察知し、反射的にソファの端まで逃げる。ポッカリと空いた空間をジト目で睨んでいたダニエルが、アイシャへと視線を寄こすが無視だ。
「お兄さま、わたくしもう大丈夫ですわ。こちらで少し休めば落ち着きますので。皆さまきっとお兄さまをお待ちですわ」
(さっさと、会場に戻れぇぇ)
隙をついて抱きしめようとするダニエルとの攻防を回避するため、部屋から追い出そうと試みるアイシャだったが、頭も口も回るダニエルとのやり取りは思うようにならない。
「アイシャをひとりにするのは心配なんだ。しばらく一緒にいた方が――」
「お兄様まで会場に居ませんとホスト役として示しがつきませんから。お願い致します」
アイシャは目をシパシパさせ、伝家の宝刀、涙目攻撃を仕掛け何とかダニエルを追い出す事に成功する。
(あぁ、やっと一人になれた。それにしても赤髪のアイツ………、明らかに私を揶揄って遊んでたわね!)
レディを揶揄うような非常識なガキに、バカにされたなんて最悪だ。
(あんなヤツ敵認定よ!!!! 本当にレディをバカにするなんて最低! お兄さまの友達だか、何だか知らないけど、もう絶対に関わらないんだから!)
アイシャは手近にあったクッションをつかむと、赤髪のアイツの顔を思い浮かべパンチを繰り出す。
『ボッスっ、ボッフ――――』
(あぁ~スッキリしたぁ。それにしても何故、お母さまは子息ばかりの輪に私を放り込んだのかしら? お友達を紹介するなら普通女の子よね?)
その答えはパーティーが終わった夜に知ることとなった。
「ねぇ~アイシャ。誰か気になる子息は居ましたか?」
「気になる子息ですか?」
赤髪のアイツの顔が突然頭に浮かび、慌ててそれを打ち払う。
「別に誰も印象に残っている方は……、あっ! そう言えば、なぜ王太子殿下までいらしたのですか? たかが伯爵令嬢の誕生日に」
「わたくしもビックリしましたわ。念のため王妃さま宛に招待状を送りましたが、まさか王太子殿下が来てくださるとは思いませんでした。まぁ、ダニエルは王太子殿下の学友として王城に行ってますし、その縁で参加くださったのでしょうけど」
「それになぜ子息ばかりでしたの?」
アイシャの何気ない質問に、リンベル伯爵夫妻は顔を見合わせる。
「アイシャ、貴方の将来の婚約者を見定めるためよ」
「へっ!? 婚約者って……、わたくしまだ七歳ですが?」
「何を言っているのアイシャ! 幼少期から婚約者を見繕うのは貴族社会では常識よ!!!!」
(ウソでしょ!? 通りで朝から両親がソワソワしていたわけだ)
アイシャは持っていたカップから紅茶がこぼれている事にすら気づかない程のカルチャーショックを受けていた。
「アイシャ!! 紅茶が、紅茶がこぼれていますわぁ!」
母の叫び声に我に返ったアイシャは、その後泣きながら両親を説得する羽目になる。
「あんなに沢山の男性に囲まれてアイシャはとってもとっても怖かったのです! 婚約者なんて、婚約者なんて……、わぁ~ん! 嫌だぁぁぁ!!」
(わたくしの腐女子妄想パラレルワールドを邪魔するヤツは誰であろうと排除だ!)
婚約者なんぞ見繕われた日には、今後邪魔されるに決まっている。
(願いはただ一つ! 貴族社会の煩わしい結婚なんてせず今世も腐女子として自身の趣味を満喫するのみだ!!!!)
必殺泣き落としを敢行したアイシャの願いが両親に伝わったかは不明だ。しかし、あの誕生日以来、婚約者の話が全く出なくなった。
そして、アイシャの七歳の誕生日から数日後。
リンベル伯爵家にアイシャの大絶叫が響き渡った。
「なんで、ノア王太子から手紙なんて届くのよぉぉ!!!!」