転生アラサー腐女子はモブですから!?
(きっと、あの人混みの中には、船乗りの彼との別れに涙する美男子の姿もあったのよね。もっと、しっかり目を凝らして、探せばよかったわ)

『どうか、無事に帰って来て』と泣く美青年を強く抱きしめ、船乗りの彼は別れを告げる。
『俺のことは忘れて、幸せになれ』と。
 背を向け走り出した船乗りを追いかける美青年の足がもつれ転ぶ。追いすがる手は、船乗りの彼に届くことはない。遠ざかる船と、出航を告げる汽笛の音が鳴る中、美青年は誓う。
『いつまででも、あなたを待っている』と。

(あぁぁぁぁ、良い! 良いわ!! こういう別れもいいのよね)

「アイシャ様、どうなされました?」

「へっ? あぁ、ごめんなさい。なんでもないわ」

 夕陽をバックに涙する美青年の美麗なスチルを、ひとり脳内再生していたアイシャは、知らず知らずのうちに足を止めていた。慌てて、チーフクルーの後に続き、歩みを進める。

「お泊まりになるロイヤルスウィートは、バルコニーがメインデッキにせり出しておりますゆえ、お部屋からでも出航セレモニーはご覧頂けますよ」

 クルーチーフからの船内説明を聞きながら廊下を進むと、急に目の前が開け、螺旋階段が現れた。

「この階段の上のフロアは、ロイヤルスウィート専用となっております」

 彼に続き、階段を昇ると、先ほどの通路とは明らかに違う豪華な造りの廊下が見える。踏み入れた廊下の床にはビロードの絨毯が敷かれ、両サイドには凝った装飾のランプが等間隔に備え付けられている。

「ロイヤルスウィート専用のフロアとのことですが、扉がいくつもあるように見えますの。ロイヤルスウィートは何室かあるのですか?」

「いいえ。ロイヤルスウィートは一番奥の一室のみです。他の部屋は全てお連れになる使用人の方々が待機なさる部屋と荷物などを置く衣装部屋となります。ロイヤルスウィートは王族や公爵家、侯爵家の皆様が宿泊なさる事を想定して造られておりますので、お連れになる大勢の使用人の皆様のお部屋も必要になりますから」

「確かに、そうね」
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