転生アラサー腐女子はモブですから!?
 真っ白なつば広帽子をかぶり、椅子に腰掛け、絵を描いている女性を、目の端にとらえたアイシャの口元に笑みが浮かぶ。

 あれは絶対、アナベル・リンゼン侯爵令嬢様だ。

 簡素なワンピースにつば広帽子を被り簡素な変装までして、不特定多数の人が行き交う甲板で、毎日絵を描いている。しかし、あれでは正体を隠しきれていない。

 貴族令嬢だとわかる優雅な所作で、庶民とは違うオーラを放っていれば、誰が見ても高位貴族の令嬢だと分かってしまう。今も通りすがりの通行人が、彼女を二度見して行った。しかし、当のアナベルは意に介さず一心不乱にペンを走らせている。

(私が近づいたら、流石に気づくかしら?)

 ゆっくりと歩みを進め、アナベルの背後に近づいたアイシャは、彼女の手元を覗き見た。

「――――っ!!」

 あまりの驚きに叫びそうになり、慌てて口元をおさえる。

(なんて美しい絵を描くのかしら……)

 アナベルが描いていた絵は、その場から見える風景が、見事に写し出されていた。

 躍動感あふれる甲板の人々を手前に、奥まで続く真っ青な海は、陽の光を浴びてキラキラと輝く。目の前に見える景色そのままを写しとったかのような絵は、素晴らしいの一言につきる。

「なんて、素敵な絵をお描きになられるのですか。わたくし、感動致しました!」

「――――えっ!! アイシャ様ですの!?」

 アイシャの声に背後を振り返ったアナベルの瞳が、驚きに見開かれる。

「申し訳ありません。驚かせてしまいましたね。あまりにも見事な絵をお描きになるので、思わず声をかけていました」

「アイシャ様! 失礼ですが、お付き合いくださいませ!!」

 慌てた様子のアナベルが、絵を描いていたノートを閉じ、アイシャの手をつかむ。急ぎ足でその場を立ち去ろうと動き出したアナベルの迫力に気圧されたアイシャは、抵抗することもなく、彼女に連れられ甲板を歩く。狭い廊下を進み、数分後、着いた先は貴族エリアのメインダイニングだった。
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