転生アラサー腐女子はモブですから!?
「ところでアイシャは、どうして楽しそうに歩いていたの?」

「えっ? 楽しそうに歩いていた?」

「あぁ、不気味な笑みを浮かべて、笑いながら歩いていただろ。アイシャとすれ違った人が走って逃げていくくらいには、不気味だったよ」

「なっ! 嘘でしょ!?」

 リアムの言葉に、アイシャは思わず、その場に立ち上がりそうになる。そんな自分の姿を、いたずらそうに目を細め見つめるリアムと目が合い、アイシャは唐突に理解した。

「リアム様! 揶揄いましたわね」

「ははは、そんなつもりはなかったんだけどね」

「もうっ……、嘘ばっかり、ひどいです!」

「ごめん、ごめん。アイシャの反応が可愛くて、ついね」

「か、可愛いぃ!? 本当、揶揄うのはやめてください!!」

「本当のことなのに。アイシャと一緒に過ごせる時間は、私にとって特別なんだ。アイシャの言動の一つ、一つに心が躍る。こんな気持ち、アイシャ以外に感じたことがない」

 テーブルへと置かれたアイシャの手に、リアムの手が重なりキュッと握られる。

「リ、リアム様!! 理由ですね! 理由。楽しそうに歩いていた理由は――――」

 重ねられた手を慌てて引っこ抜き、立ち上がったアイシャは、この場所がどこかも考えずに叫ぶ。

「あっ――――、まずい……」

 自分に注がれるいくつもの視線に、そろそろと自分の席に座り直し押し黙れば、興味が失せたのか、注がれていた視線は霧散して消える。

(あぁぁ、ここが甲板で良かった)

 平民から貴族階級まで入り乱れる甲板には、暗黙のルールがある。トラブルを防ぐため、他人には関わらない。そのルールのおかげで、貴族専用のラウンジよりも、雑多な甲板の方が秘密の会話をするには最適なのだ。だからこそ、カフェで二人分の飲み物と軽食をテイクアウトして、甲板まで来たというのに。

(自ら、目立つ行動をとってどうするのよ!!)

 これもすべて、目の前でクスクスと笑うリアムの態度が元凶なのだが。アイシャが、ジト目でリアムをにらんだところで、堪える様子はない。だったら、早めに話題を変えるべきだ。

 広い甲板の中、テーブルとイスがいくつも並べられたエリアの一番奥。そこのテーブル席に、リアムと共に座っていたアイシャは、先ほど交わしたアナベルとのやり取りを話し出した。

「実は、先ほど甲板でリンゼン侯爵家のアナベル様にお会いしましたの」

「アナベル嬢が甲板にいたのかい!? それはまた、珍しいこともあるものだね。普通の貴族令嬢は、平民もいる甲板には近寄りもしないが」

「リアム様。私も一応、普通の貴族令嬢ですけど」

「えっ!? アイシャは普通の貴族令嬢じゃないでしょ。規格外だよ」

 目の前に座るリアムの目が、悪戯そうに笑う。

(あぁぁ、また揶揄って遊ぶつもりね! これで噛みついたらリアムの思う壺よ。ガマンガマン……)

「リアム様は、わたくしを揶揄って遊びたいのでしょうけど、その手には乗りませんからね!」

「別にアイシャを揶揄って遊んでいるわけじゃないんだけどなぁ。規格外って言ったのは良い意味でだよ。貴方の貴族令嬢の型にハマらない自由な考えや行動を私は、とても好ましく思っている」

「リアム様、それって、誉めてます?」

「もちろん。昔、『夢に向かって足掻けば、何かが変わるかもしれない』って、アイシャが私に言った言葉を覚えている? あの言葉が私の人生を変えたんだ」

 昔を懐かしむように瞳を細め笑むリアムとは裏腹に、アイシャの背を冷や汗が流れていく。

(覚えていない……)
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