リリィ=ブランシュはスローライフを満喫したい!~追放された悪役令嬢ですが、なぜか皇太子の胃袋をつかんでしまったようです~
「幼少のころから天使のように純真可憐なお嬢様が、こんな田舎で農婦の真似をしなければならないなんて……。亡くなった奥様になんとお詫びしたらよろしいのか。旦那様も旦那様ですよ! あんなにかわいがってらっしゃったお嬢様を見捨てるようなことを」
「それは違うわ、マノン。お父様はわたくしをお見捨てになったわけではないのよ? むしろわたくしのためを思ったからこそ、この屋敷をくださったんだわ」
「まあ、なんとお優しい。こんな天使のようなお嬢様が悪女だなんて……世間はうわさを信じすぎです。一番悪いのは、リリィ様というすばらしい許嫁(いいなずけ)がありながら他の女性に心変わりされたジョナス殿下ですのに」

 声を震わせながらマノンがその名前を口にした瞬間、リリィは慌てて人差し指を自分の唇の前に立てた。

「そんなこと大きな声で言ってはだめ。だれが聞いているかわからないのよ」

 ただでさえ悪女の汚名を着せられて追放されたのだ。なにかのはずみで悪口が耳に届くことがあれば、侮辱罪で今度こそ投獄されてもおかしくない。
 はっとした顔になったマノンは「申し訳ございません」とこうべを垂れた。

「そんなことより。見て、少しは畑らしくなったと思わない?」

 手を広げながら振り返った。
 数日前まで雑草だらけだった場所は柔らかな地肌が見え、(うね)のような盛り上がりもある。この一週間の成果に我ながら満足だ。

「そうだわ」

 ポンと手を叩く。

「わたくし、買いたいものを思い出したの」

 近くの木に鍬を立てかけて畑を出た。すぐにマノンがついて来る。

「なんでしょう。あとから出入りの者に頼みますからおっしゃってくださいまし」
「ううん、いいの。自分で行くから」

 足早に門を目指すとマノンが慌てたように言う。

「お出かけでしたら馬車を出しますので少々お待ちを」
「大丈夫。お天気もいいし、歩いて行くわ」
「そういうわけには」

 なんとかしてリリィを引き留めようとマノンが手を伸ばしたとき、門の向こうから荷台を引いた馬がやって来た。

「きっとお父様からのお荷物だわ。マノン、受け取っておいてちょうだい」

 馬車が通れるように鉄製の柵を開けてやり、入れ替わるように外へと駆け出す。

「え、あっ、お嬢様!」

 マノンの焦った声が聞こえたが、振り返らずに坂道を下り始めた。
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