満月の夜に〜妹に呪われてモフモフにされたら、王子に捕まった〜
過去(シオン視点)
シオンとリディアの出会いは、シオンが六歳になる誕生の式典当日へと遡る。王宮の煌びやかな広間で開かれたパーティーには、国内外問わず多くの貴族が、シオンへ祝いの言葉を贈るために訪れた。
特に国内ではシオンの友人、または婚約者になり得る、歳の近い子供を連れた高位貴族の参加が目立った。
そんな中シオンは、目の前で美しいカーテシーを披露し、自分に挨拶をする少女に釘付けとなっていた。
「お初にお目にかかります。リディア・アマーリア・フォン・エヴァンスです。お誕生日おめでとうございます、シオン殿下」
涼やかで落ち着きのある声も印象的だった。
真っ直ぐな藍色の髪は艶やかで、瞳は淡い琥珀色。同年代の子供達よりも大人びて見えるリディアは、凛とした佇まいに、静かな美しさを宿していた。
初めて会った時から、リディアに惹かれていたシオン。
誰もが美しき王子に頭を垂れ、賛辞の言葉を口にする日々の中。
他の令嬢の媚びたような視線はうっとうしかったが、リディアにそのような顔をされるのは悪くない。むしろ、この子が皆の様に自分を見て頬を染め、色めき立つところを見てみたいとさえ思った。
だが、その想いは直ぐに粉砕する事になる。
形ばかりの挨拶を済ませ、国王と幾つか会話を交わすと、父親のエヴァンス公爵と共に場を離れるリディア。
その間彼女は、一度たりともシオンを振り返る事はなかった。
他の令嬢なら、離れたがらなかったり、何度も振り返ってはシオンに熱い視線を送るのに。
肝心のリディアは、少しも自分に興味を持っていないのではないかという現実を、受け入れるしかなかった。人生初めての挫折、と言っても過言ではないかもしれない。
しかし思い返せば、環境により少々驕り高ぶった部分が自分にはあると、気付くきっかけとなった出来事だった。
皆は自分自身ではなく、王子としてのシオンにのみに目を向けるが、リディアは上辺の肩書きになど興味がないのだろう。
ならば、リディアには中身を見て貰えばいい。
今までは人々が勝手に寄ってくるのが常だったが、 リディアとの仲を深めるためには、自分から積極的に行動する必要がある。
幸いリディアは公爵家の令嬢であり、王家に近しい家柄として、他家よりも交流がしやすい。
最初は自分に興味を示そうとしないリディアにショックを受けたが、悩み寝込んだ甲斐があったと言えるほど、一晩経てば思考は正常に前を向いた。
**
その後シオンは公爵家へ何度か訪問をし、また定期的に足を運ぶのが恒例となっていた。
この日も公爵邸へ訪れる約束をしていたので、約束の時間通りに着くよう、王室の馬車を走らせる。
前日はいつも楽しみな気持ちが抑えきれず、寝付きが悪くなる。
シオンが通されたのは、一度に多くの客人が招ける程の広々とした公爵邸の応接間。窓から差し込む陽光を、たっぷりと取り入れた室内は、温かみのある壁紙や家具が特徴的だ。
お茶とお菓子が用意されたテーブルを挟み、互いに長椅子に座って向かい合う。
リディアと中々自然に話せるようになってきたと、実感を得ていたシオンは、嬉々として話を切り出した。
「公爵家には王家の姫が降嫁したり、または公爵家の令嬢が王家に嫁ぐ事がとても多いらしい。だから僕の妃は、公爵家から娶る可能性が高いだろうな」
つまり、それはリディアだ。と、シオン的に遠回しで告げたつもりだった。
だが、当のリディアは「そうなのですか」と、やはり興味を示さない。
予想出来ていたとはいえ、リディアの反応に落胆しかけたが、もっと分かりやすく伝えようか。
(リディアは意外に鈍感だからな)
そう思った瞬間、すかさず甲高い声がシオンの思考を遮った。
「じゃあフェリアが王妃様になれる!?」
目を輝かせながら言ったのは、シオンと向かい合うリディアの隣に座る、フェリアだった。
「そうね、フェリアならなれるかもしれないわね」
「……」
完全に話題が逸らされてしまった。
(しかもコイツ『僕の妃』ではなく『王妃様』って言ったな、まぁどうでもいいが……)
逆に自分の妃になる事も、王妃にも興味がなさそうなリディアは相変わらず手強い。
しかし、二人きりではない場で告白めいた事は、すべきではなかったと冷静にはなれた。
フェリアはリディアの妹であり、シオン達とは一つ歳下の、公爵家の二番目の令嬢。この場に呼ばれて当然の相手だ。
**
(誕生日にはリディアにもフェリアにも贈っているが、リディアにのみ思いつきで贈り物をしてみてもいいだろうか?)
リディアが特別なのだと、分かって貰うためには姉妹に対して、平等なままという訳にはいかない。
婚約者になって貰えば問題はないが、どうせならその前に振り向いて貰いたい。
『自分達が結ばれるのは政略ではないのだ』と自身に言い聞かせ、リディアにどのように贈り物をするかと、新たな悩みを抱え始めたシオン。
特に国内ではシオンの友人、または婚約者になり得る、歳の近い子供を連れた高位貴族の参加が目立った。
そんな中シオンは、目の前で美しいカーテシーを披露し、自分に挨拶をする少女に釘付けとなっていた。
「お初にお目にかかります。リディア・アマーリア・フォン・エヴァンスです。お誕生日おめでとうございます、シオン殿下」
涼やかで落ち着きのある声も印象的だった。
真っ直ぐな藍色の髪は艶やかで、瞳は淡い琥珀色。同年代の子供達よりも大人びて見えるリディアは、凛とした佇まいに、静かな美しさを宿していた。
初めて会った時から、リディアに惹かれていたシオン。
誰もが美しき王子に頭を垂れ、賛辞の言葉を口にする日々の中。
他の令嬢の媚びたような視線はうっとうしかったが、リディアにそのような顔をされるのは悪くない。むしろ、この子が皆の様に自分を見て頬を染め、色めき立つところを見てみたいとさえ思った。
だが、その想いは直ぐに粉砕する事になる。
形ばかりの挨拶を済ませ、国王と幾つか会話を交わすと、父親のエヴァンス公爵と共に場を離れるリディア。
その間彼女は、一度たりともシオンを振り返る事はなかった。
他の令嬢なら、離れたがらなかったり、何度も振り返ってはシオンに熱い視線を送るのに。
肝心のリディアは、少しも自分に興味を持っていないのではないかという現実を、受け入れるしかなかった。人生初めての挫折、と言っても過言ではないかもしれない。
しかし思い返せば、環境により少々驕り高ぶった部分が自分にはあると、気付くきっかけとなった出来事だった。
皆は自分自身ではなく、王子としてのシオンにのみに目を向けるが、リディアは上辺の肩書きになど興味がないのだろう。
ならば、リディアには中身を見て貰えばいい。
今までは人々が勝手に寄ってくるのが常だったが、 リディアとの仲を深めるためには、自分から積極的に行動する必要がある。
幸いリディアは公爵家の令嬢であり、王家に近しい家柄として、他家よりも交流がしやすい。
最初は自分に興味を示そうとしないリディアにショックを受けたが、悩み寝込んだ甲斐があったと言えるほど、一晩経てば思考は正常に前を向いた。
**
その後シオンは公爵家へ何度か訪問をし、また定期的に足を運ぶのが恒例となっていた。
この日も公爵邸へ訪れる約束をしていたので、約束の時間通りに着くよう、王室の馬車を走らせる。
前日はいつも楽しみな気持ちが抑えきれず、寝付きが悪くなる。
シオンが通されたのは、一度に多くの客人が招ける程の広々とした公爵邸の応接間。窓から差し込む陽光を、たっぷりと取り入れた室内は、温かみのある壁紙や家具が特徴的だ。
お茶とお菓子が用意されたテーブルを挟み、互いに長椅子に座って向かい合う。
リディアと中々自然に話せるようになってきたと、実感を得ていたシオンは、嬉々として話を切り出した。
「公爵家には王家の姫が降嫁したり、または公爵家の令嬢が王家に嫁ぐ事がとても多いらしい。だから僕の妃は、公爵家から娶る可能性が高いだろうな」
つまり、それはリディアだ。と、シオン的に遠回しで告げたつもりだった。
だが、当のリディアは「そうなのですか」と、やはり興味を示さない。
予想出来ていたとはいえ、リディアの反応に落胆しかけたが、もっと分かりやすく伝えようか。
(リディアは意外に鈍感だからな)
そう思った瞬間、すかさず甲高い声がシオンの思考を遮った。
「じゃあフェリアが王妃様になれる!?」
目を輝かせながら言ったのは、シオンと向かい合うリディアの隣に座る、フェリアだった。
「そうね、フェリアならなれるかもしれないわね」
「……」
完全に話題が逸らされてしまった。
(しかもコイツ『僕の妃』ではなく『王妃様』って言ったな、まぁどうでもいいが……)
逆に自分の妃になる事も、王妃にも興味がなさそうなリディアは相変わらず手強い。
しかし、二人きりではない場で告白めいた事は、すべきではなかったと冷静にはなれた。
フェリアはリディアの妹であり、シオン達とは一つ歳下の、公爵家の二番目の令嬢。この場に呼ばれて当然の相手だ。
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(誕生日にはリディアにもフェリアにも贈っているが、リディアにのみ思いつきで贈り物をしてみてもいいだろうか?)
リディアが特別なのだと、分かって貰うためには姉妹に対して、平等なままという訳にはいかない。
婚約者になって貰えば問題はないが、どうせならその前に振り向いて貰いたい。
『自分達が結ばれるのは政略ではないのだ』と自身に言い聞かせ、リディアにどのように贈り物をするかと、新たな悩みを抱え始めたシオン。