満月の夜に〜妹に呪われてモフモフにされたら、王子に捕まった〜

真実の愛

「この神聖な場にて神の力を借り、皆にリディアが元の姿に戻るところを、見届けて貰おうと思う。そしてこの機会に、我が国の守備の強化を見直して貰いたい」

 言い終わると同時に、シオンがリディアを自分の目線へと持っていくと、皆は見守りつつ固唾を飲んだ。

(殿下はあのように宣言したけれど、もし呪いが解けなかったらどうしよう?)

 リディアの心には僅かな不安が影を差す。シオンを信じていない訳ではないけれど、人は最悪の事態を想定してしまうように、出来ているのだから仕方がない。

 すると『これで逃げられないからな』と、リディアのみに分かるように、シオンの唇が動いた。
 瞳に、剣呑な光が宿っているように感じるのは、気のせいだろうか?


 シオンが囁くように古代の文言を口にし、リディアは緊張のあまり、祈るように目を瞑る。
 暗闇の中、シオンの微かな声のみが聞こえる。

 そして、唇に何か柔らかいものが触れた。唇と言っても、ウサギのあるのか無いのか分からないくらいの、薄くて細やかなものだが。
 不思議に思い、リディアは恐る恐る目を開けた。何故かシオンの顔が先程よりもかなり至近距離にあり、互いの唇が触れ合っている事に気付く。

 何と、気付けば口付けの真っ最中だった。

「!?」

 次の瞬間、ウサギの体を光が包みこんだ。
 光の眩さに、見守っていた貴族達は眩んだ目を、細める。
 しばらくして輝きが薄れた後に姿を現したのは、人間の姿のリディアだった。
 ウサギと口付けを交わしていたはずのシオンが、今は藍色の髪の乙女を抱きしめて、互いに唇を重ね合わせている。

「んむっ!?」

 普段の、外面で見せる大人しい令嬢とは思えぬ程、物凄い力でリディアはシオンを突き飛ばした。いつもとイメージが違う気がするが、きっと貞淑な令嬢ゆえ、混乱してしまったのだろう。この場にいるシオン以外の人間は皆、そう解釈した。


「あ、あら……?」

 リディアは自身の手を掲げて確認すると、モフモフではなく、五本指のついた人間の手がそこにあった。そして二本の足で、地面の上をしっかりと立っている感覚。
 見下ろすと、今着ているドレスは、あの日フィリアに呪いを掛けられた時の物。

 どうやら本当にエヴァンス公爵令嬢、リディアの姿に戻っていた。


「まぁ、私。元に戻ったの……?」


 リディアがポツリと呟くと、途端に歓声が沸き起こる。

「リディア嬢!!」
「奇跡だ!」
「流石殿下!!」
「神よ、感謝致します……!」


 礼拝堂がすっかり祝福モードで溢れかえる中、シオンが口を開く。

「実は私は呪いを解く事が出来るか不安だった……何せ、真に愛し合う者同士でないと、解けぬ呪いだったのだから……」
「へっ?」

 シオンの言葉に呆気に取られるリディアだが、貴族の中の一人が「嗚呼、やはりそういう事でしたか!」と声を上げ、他の人々も同様に納得した様子だった。

 姿を変えられた姫君が、愛する王子の口づけで元の姿に戻るという、ごくありふれたお伽話のような光景。実際に目の前で起きると、奇跡そのものである。
 物語の重要な場面の目撃者となった事で、人々の興奮は冷めやらぬものとなった。


 ちなみにリディアの魔法が解けたのは、シオンが唱えていた文言によるものであり、口付けも『真に愛し合う者同士』のくだりも全く関係はない。
 しかしこの国でシオン程、魔術に長けた者がおらず、誰もシオンの言葉を疑わなかったのである。


「リディアも同じ気持ちでいてくれて嬉しいよ。ねぇ、リディア?」

 言いながら、じっと見つめてくるシオンの視線に、リディアの背は汗がつたった。

「……勿論です」

 空気を読んで、そう答えるしか選択肢が与えられておらず、顔が痙攣らないように頑張った。
 リディアの返事を聞いて外野は「王太子殿下万歳!リディア嬢万歳!」と更に盛り上がりを見せた。



 **

 そしてシオンの口にした『もう逃げられないからな』という言葉の意味を、リディアは後に嫌という程、理解することになる。

 今回の一件は、礼拝堂に集められた多くの証人を元に、瞬く間に国中に知れ渡る事となった。

 それにより国中の人々はシオンとリディアの事を「真実の愛により結ばれた二人」と認識するように……。

 更に二人をモデルとした『ウサギに姿を変えられた令嬢と、王子様』を題材にした脚本が急いで書き上げられ、この舞台が国内で大ヒットするまでになっていく。
 舞台の一大ブームにより国民の誰もが、王子と婚約者の愛を疑わず、相思相愛っぷりは国一番だと、このまま誇張され続けていくのだった。
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