満月の夜に〜妹に呪われてモフモフにされたら、王子に捕まった〜
囚われました
──リディアが人間の姿へと戻った次の日。
エヴァンス公爵と、リディア、そしてフェリアが王宮へと呼ばれ、シオンとの話し合いの場が設けられた。
シオン殿下のお陰で、フェリアの悪事は世間に露呈する事はなく、エヴァンス家の名に傷が付く事は無かった。
「殿下。この度は我が娘フェリアが起こした不祥事、誠に申し訳ございませんでした……これは当主である、私の責任でもございます」
直前まで不貞腐れていたフェリアも、王太子に深々と頭を下げる父親を見て、バツが悪そうな表情になる。
「エヴァンス公には、これからも私やリディアの後ろ盾として協力して貰わねばならない。よって今回の件は、表沙汰にすべきではないと判断した」
緊張を孕んだ空気の中、シオン殿下はゆっくりと視線を移した。
「フェリア」
名を呼ばれ、ビクリと身体を跳ねさせたフェリアは、おずおずと上目遣いでシオン殿下の方を見る。
「お前の魔法の力は、出来ればこの国のために役立てて貰いたかった。だが、悪用するなら話は別だ。魔法を封じ、神殿に仕える巫女として生涯を掛けて償って欲しい」
「そんな!?」
フェリアは、悲鳴のような声を荒げた。
神殿では、高貴な身分の女性が巫女として仕えるのは、珍しくない事。
神に仕える多くの巫女は、その敬虔な精神故に、神殿入りを自ら志願する。だが、稀に魔力を悪用してしまった、高貴な身分の女性を封じ込めておく役割も担っているのが、神殿である。
魔力を自らの意思で使えないよう、魔封じの器具を装着させられた上で、神殿の監視下に置かれる事となる。
「お姉様、ごめんなさい!助けて下さい、私反省しているんです!神殿から出られない人生なんて、絶対に嫌……」
フェリアが、涙ながらに訴えてくる。
心からの謝罪ではなく、罰から逃れたい為の謝罪など、何の意味もなしてはいない。
王太子の正式な婚約者に私が選ばれたのは『エヴァンス公爵家の長女だから』と勝手に解釈した挙句、姉がいなくなれば自分が選ばれると勘違いしての暴走。
あまりにも短絡的で身勝手な犯行であり、情状酌量の余地はない。
神殿では、規則正しい生活と神への奉仕が義務付けられ、衣食住も保証されている。とても恵まれた環境であり、他の巫女とほぼ扱いも変わらないので、罪人という事実も知られないだろう。
「フェリア、これは殿下からの最大限の温情なのよ。真面目にお勤めをしていたら、少しずつ自由も増えていくと思うから、今は自分の罪としっかり向き合いなさい」
「そんな……」
顔を絶望に染め上げたフェリアは、放心したように黙り込んでしまった。
もしかしたら、私だったら何をしても泣きつきさえすれば、許してくれると思っていたのだろうか?
きっと、許して甘やかす事は優しさではない。
今は突き放す事こそが、姉としての最後の優しさなのかもしれないと思った。そして今後、自分の過ちに気付いて向き合うかは、フェリア次第。
**
話し合いが終わると、お父様とフェリアは邸へと戻り、私のみ未だ王宮に滞在している。そして殿下と共に、王太子の私室へと向かった。
数日この部屋で過ごしていたから、大分自分の部屋のように馴染んできた気がする。
まぁ、結婚したら私も王宮に住むのだけれど。
二人きりでゆっくりとお茶を飲んだ後、私はずっと気になっていた一角へと足を向けた。
私がシオン殿下の誕生日などに贈ったペンや、カフス、タイピンが飾られた執務机の前で立ち止まる。そして私は、指をさして殿下に尋ねてみた。
「ここに飾ってる物って、私からの殿下への贈り物ですよね?身に着けている所を、見たことはありませんが」
「失くしたり、壊れたら嫌だから使えなかったんだ」
「てっきり私からの贈り物だから、気に食わないのかと思っていましたわ」
「そんな訳ないっ」
必死に訴えてくる所を見ると、きっと本心なのだろう。普段がポーカーフェイスな分、今の反応は分かりやすかった。
「もし、間違っていたらごめんなさい。殿下って、私の事好きなんですか?」
私の質問に対し、殿下は訝しむように眉を寄せると、嘆息した後に口を開き、言葉を紡ぐ。
「この期に及んで、そのような質問をするのか……。なぜ好きでもない、女の肖像画を飾る必要がある?呪いでも掛けていると思うか?」
以前の私なら、まだその方が納得したかもしれない。なにせ今までのシオン殿下の態度は分かりにくく、私では微塵も真意に気づかなかったのだから。
「この先また僕の目の届かないところで、リディアが悪意の元危険に晒されたらと思うと……気が気ではないよ。片時も離れたくない程、初めて会った時から好きだったし、愛している」
「殿下……」
初めて会った時……出会いまで遡ると、私は文字通り中身も含めて、まだまだ子供だった頃だ。
あの頃から大人に合わせて、取り繕う事だけは得意だったけれど、そんなのは表面上だけ。
だからシオン殿下だからではなく、相手が誰であれ、恋愛感情などは持ち合わせていなかった。むしろ恋愛感情の存在なんて知らなかった。
異性を恋愛対象として、意識するようになる時期には、人それぞれ個人差があるのだから仕方がない。
(それを思うと、殿下は早熟でマセたお子様だったのね……)
私が思案していると、殿下は何かを閃いたように声を上げた。
「ああそうだ。側にいられない時は、対魔法用の檻でも僕の部屋に作って、その中にリディアを入れておこうか」
「え」
前にもそんな事を言ってた気がするけど、何度も言ってくるなんて、もしかして本気という事かしら……?
「大きな鳥籠のデザインで、中はフカフカの布団で快適に設えて」
何それ。備え付けの物次第では、ちょっと惹かれるかもしれないじゃない……。
これも私の性格を把握してるからこその発言だと思うと、少し悔しい。
「こんな僕だと知った後だけど……まさか婚約から逃げだそうとかは思わないよね?」
脅しなのか縋っているのか、よく分からない言い回しで一瞬怯みそうになったけれど、負けてはいけない。
私は毅然と背筋を正し、人差し指をシオン殿下の顔の前に差し出した。
「一つ条件があります」
「なに……」
シオン殿下も、まさか条件を提示されるとは思っていなかったようだ。
「これからはもっと、私にも分かりやすいような愛情表現をして下さい」
確かに私は色恋沙汰に鈍感かもしれない、けれど殿下の態度だって十分に分かりづらい。
せめて鈍感な私にも、分かりやすいような愛情表現をしてくれていたらと思ってしまう。
面を食らったような表情のまま、私の言葉を聞いていた殿下は相好を崩し、私を自身の身体へと引き寄せた。
「分かった、約束する」
殿下の美しく眩い微笑みに、私はしばらく釘付けとなってしまった。
エヴァンス公爵と、リディア、そしてフェリアが王宮へと呼ばれ、シオンとの話し合いの場が設けられた。
シオン殿下のお陰で、フェリアの悪事は世間に露呈する事はなく、エヴァンス家の名に傷が付く事は無かった。
「殿下。この度は我が娘フェリアが起こした不祥事、誠に申し訳ございませんでした……これは当主である、私の責任でもございます」
直前まで不貞腐れていたフェリアも、王太子に深々と頭を下げる父親を見て、バツが悪そうな表情になる。
「エヴァンス公には、これからも私やリディアの後ろ盾として協力して貰わねばならない。よって今回の件は、表沙汰にすべきではないと判断した」
緊張を孕んだ空気の中、シオン殿下はゆっくりと視線を移した。
「フェリア」
名を呼ばれ、ビクリと身体を跳ねさせたフェリアは、おずおずと上目遣いでシオン殿下の方を見る。
「お前の魔法の力は、出来ればこの国のために役立てて貰いたかった。だが、悪用するなら話は別だ。魔法を封じ、神殿に仕える巫女として生涯を掛けて償って欲しい」
「そんな!?」
フェリアは、悲鳴のような声を荒げた。
神殿では、高貴な身分の女性が巫女として仕えるのは、珍しくない事。
神に仕える多くの巫女は、その敬虔な精神故に、神殿入りを自ら志願する。だが、稀に魔力を悪用してしまった、高貴な身分の女性を封じ込めておく役割も担っているのが、神殿である。
魔力を自らの意思で使えないよう、魔封じの器具を装着させられた上で、神殿の監視下に置かれる事となる。
「お姉様、ごめんなさい!助けて下さい、私反省しているんです!神殿から出られない人生なんて、絶対に嫌……」
フェリアが、涙ながらに訴えてくる。
心からの謝罪ではなく、罰から逃れたい為の謝罪など、何の意味もなしてはいない。
王太子の正式な婚約者に私が選ばれたのは『エヴァンス公爵家の長女だから』と勝手に解釈した挙句、姉がいなくなれば自分が選ばれると勘違いしての暴走。
あまりにも短絡的で身勝手な犯行であり、情状酌量の余地はない。
神殿では、規則正しい生活と神への奉仕が義務付けられ、衣食住も保証されている。とても恵まれた環境であり、他の巫女とほぼ扱いも変わらないので、罪人という事実も知られないだろう。
「フェリア、これは殿下からの最大限の温情なのよ。真面目にお勤めをしていたら、少しずつ自由も増えていくと思うから、今は自分の罪としっかり向き合いなさい」
「そんな……」
顔を絶望に染め上げたフェリアは、放心したように黙り込んでしまった。
もしかしたら、私だったら何をしても泣きつきさえすれば、許してくれると思っていたのだろうか?
きっと、許して甘やかす事は優しさではない。
今は突き放す事こそが、姉としての最後の優しさなのかもしれないと思った。そして今後、自分の過ちに気付いて向き合うかは、フェリア次第。
**
話し合いが終わると、お父様とフェリアは邸へと戻り、私のみ未だ王宮に滞在している。そして殿下と共に、王太子の私室へと向かった。
数日この部屋で過ごしていたから、大分自分の部屋のように馴染んできた気がする。
まぁ、結婚したら私も王宮に住むのだけれど。
二人きりでゆっくりとお茶を飲んだ後、私はずっと気になっていた一角へと足を向けた。
私がシオン殿下の誕生日などに贈ったペンや、カフス、タイピンが飾られた執務机の前で立ち止まる。そして私は、指をさして殿下に尋ねてみた。
「ここに飾ってる物って、私からの殿下への贈り物ですよね?身に着けている所を、見たことはありませんが」
「失くしたり、壊れたら嫌だから使えなかったんだ」
「てっきり私からの贈り物だから、気に食わないのかと思っていましたわ」
「そんな訳ないっ」
必死に訴えてくる所を見ると、きっと本心なのだろう。普段がポーカーフェイスな分、今の反応は分かりやすかった。
「もし、間違っていたらごめんなさい。殿下って、私の事好きなんですか?」
私の質問に対し、殿下は訝しむように眉を寄せると、嘆息した後に口を開き、言葉を紡ぐ。
「この期に及んで、そのような質問をするのか……。なぜ好きでもない、女の肖像画を飾る必要がある?呪いでも掛けていると思うか?」
以前の私なら、まだその方が納得したかもしれない。なにせ今までのシオン殿下の態度は分かりにくく、私では微塵も真意に気づかなかったのだから。
「この先また僕の目の届かないところで、リディアが悪意の元危険に晒されたらと思うと……気が気ではないよ。片時も離れたくない程、初めて会った時から好きだったし、愛している」
「殿下……」
初めて会った時……出会いまで遡ると、私は文字通り中身も含めて、まだまだ子供だった頃だ。
あの頃から大人に合わせて、取り繕う事だけは得意だったけれど、そんなのは表面上だけ。
だからシオン殿下だからではなく、相手が誰であれ、恋愛感情などは持ち合わせていなかった。むしろ恋愛感情の存在なんて知らなかった。
異性を恋愛対象として、意識するようになる時期には、人それぞれ個人差があるのだから仕方がない。
(それを思うと、殿下は早熟でマセたお子様だったのね……)
私が思案していると、殿下は何かを閃いたように声を上げた。
「ああそうだ。側にいられない時は、対魔法用の檻でも僕の部屋に作って、その中にリディアを入れておこうか」
「え」
前にもそんな事を言ってた気がするけど、何度も言ってくるなんて、もしかして本気という事かしら……?
「大きな鳥籠のデザインで、中はフカフカの布団で快適に設えて」
何それ。備え付けの物次第では、ちょっと惹かれるかもしれないじゃない……。
これも私の性格を把握してるからこその発言だと思うと、少し悔しい。
「こんな僕だと知った後だけど……まさか婚約から逃げだそうとかは思わないよね?」
脅しなのか縋っているのか、よく分からない言い回しで一瞬怯みそうになったけれど、負けてはいけない。
私は毅然と背筋を正し、人差し指をシオン殿下の顔の前に差し出した。
「一つ条件があります」
「なに……」
シオン殿下も、まさか条件を提示されるとは思っていなかったようだ。
「これからはもっと、私にも分かりやすいような愛情表現をして下さい」
確かに私は色恋沙汰に鈍感かもしれない、けれど殿下の態度だって十分に分かりづらい。
せめて鈍感な私にも、分かりやすいような愛情表現をしてくれていたらと思ってしまう。
面を食らったような表情のまま、私の言葉を聞いていた殿下は相好を崩し、私を自身の身体へと引き寄せた。
「分かった、約束する」
殿下の美しく眩い微笑みに、私はしばらく釘付けとなってしまった。