1年後に離縁してほしいと言った旦那さまが離してくれません
「失礼。私もご挨拶したいのだが」
現れたのはすらりと背の高い美形の男。
ジタール辺境伯だった。
貴婦人たちはみな、そそくさとその場を離れ、アリアと彼のふたりきりになる。
「お久しぶりでございます。ディゼル令嬢、いやアトラーシュ侯爵夫人となられたのですね」
「ええ、お久しぶりですわ、ジタール卿。お会いできて嬉しいわ」
「私もです」
ジタール卿は深々と礼をして、アリアの手の甲にキスをした。
「私はあなたが不憫でならない。愛のない結婚に苦しんでおられるのではないかと」
「あら、平気ですわ。政略結婚なんて普通のことですもの」
「しかし、あなたの夫は……」
アリアはジタール卿の気持ちを知っている。
彼はアリアに好意を寄せてくれているのだ。
だが、アリアは彼の気持ちに応えることはできなかった。
すでに侯爵家との結婚は決まっていたからだ。
「ジタール卿、ご心配には及びませんわ。私は夫と上手くいっておりますから」
大嘘だが、今はそう言うしかない。
いくら婚前から親しくしていた友人だとしても、ここは侯爵夫人として演技をしなければならない。
「アリアさま」
ジタール卿はいきなりアリアの手を握った。
そして、彼は顔を近づけてじっとアリアを見つめてくる。
わざわざ名前で呼ぶのは、彼が結婚前のように親しくしたいという意思表示か。
アリアのことを本当に心配しているという気持ちなのか。
どちらにしても、大勢の人がいる社交の場であまりにも接近していると、よからぬ噂が広まってしまう。