1年後に離縁してほしいと言った旦那さまが離してくれません

「失礼。私もご挨拶したいのだが」

 現れたのはすらりと背の高い美形の男。
 ジタール辺境伯だった。
 貴婦人たちはみな、そそくさとその場を離れ、アリアと彼のふたりきりになる。
 

「お久しぶりでございます。ディゼル令嬢、いやアトラーシュ侯爵夫人となられたのですね」
「ええ、お久しぶりですわ、ジタール卿。お会いできて嬉しいわ」
「私もです」

 ジタール卿は深々と礼をして、アリアの手の甲にキスをした。


「私はあなたが不憫でならない。愛のない結婚に苦しんでおられるのではないかと」
「あら、平気ですわ。政略結婚なんて普通のことですもの」
「しかし、あなたの夫は……」

 アリアはジタール卿の気持ちを知っている。
 彼はアリアに好意を寄せてくれているのだ。
 だが、アリアは彼の気持ちに応えることはできなかった。
 すでに侯爵家との結婚は決まっていたからだ。


「ジタール卿、ご心配には及びませんわ。私は夫と上手くいっておりますから」

 大嘘だが、今はそう言うしかない。
 いくら婚前から親しくしていた友人だとしても、ここは侯爵夫人として演技をしなければならない。


「アリアさま」

 ジタール卿はいきなりアリアの手を握った。
 そして、彼は顔を近づけてじっとアリアを見つめてくる。
 わざわざ名前で呼ぶのは、彼が結婚前のように親しくしたいという意思表示か。
 アリアのことを本当に心配しているという気持ちなのか。

 どちらにしても、大勢の人がいる社交の場であまりにも接近していると、よからぬ噂が広まってしまう。


< 22 / 69 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop