1年後に離縁してほしいと言った旦那さまが離してくれません
「俺は君に興味を持ったよ。あんな弱そうな男はやめてさ。俺にしときなよ。楽しませてやるぜ」
「は? バカじゃないの。女に声をかけるときはまず家門と名前を言いなさいよ」
「ふたりきりになったら名前を教えてやるよ。足が痛いんだろ? 近くに休めるところがあるからさ」
「やめてって言ってるでしょ」
男の腕力に勝てるわけがなく、アリアはその手を振り払おうにもびくともせず、そのまま引っ張られて連れ去られそうになったときだった。
男の頭のてっぺんから赤い液体がどろどろと流れていったのだ。
「うわっ、何だこれは!?」
驚いた男が振り返ると、そこにはフィリクスがいた。
彼は木製の洋盃を男の頭の上でひっくり返していた。
「我が妻に何をしている?」
呆気にとられるアリアの目の前で、フィリクスは男に詰め寄る。
男はぶち切れた。
「お前こそ何してんだー! ふざけんなよ、この野郎!」
すると、フィリクスは動揺することもなく、男の胸ぐらをつかみ、睨みつけた。
「ふざけているのはどちらだ? その汚い手で妻の手を触っただろう。それだけで君は罪を犯している」
「な、なんだてめ……」
「僕はアトラーシュ侯爵家の当主だ。文句があるなら正式に文書で訴えるがいい。どこの家門か知らないが、いつでも受けて立つ」
「へっ……? 侯爵?」
男が急に大人しくなったので、フィリクスは彼を解放した。