Beautiful moon
自由に動く左右の手を動かし、頬を叩いてみたり、手のひらの甲をつねってみたり。

ところが痛みどころか、触れている感覚さえ感じない。

それは、この状況からどうすることもできないということと、紛れもなくここが夢の中だと確証する行為でしかなかった。

『ダメよ。無駄なことはやめなさい。痛みがないことはわかってても、見てるこっちは痛々しくて見ていられないもの』

目の前では両腕を抱えた美月さん(?)が、困った顔でこちらを見てる。

『残念ながら、この夢はあなたの明晰夢であることは確かだけど、あなたの意志で見てる夢じゃないから』


―――私の”意志”で見ている夢じゃない?


『この夢はね、”私”が、”私の意志”で、あなたに見せている夢なのよ。だから、あなたの夢であっても、あなたの意志で目覚めることはできないの』
『そんな…それじゃ』
『あぁ、そうね』

彼女は人差し指を顎の下に添える。

『ある意味、この夢の中にあなたを永遠に縛り付けて、二度と目覚めさせない…なんてことも、できるのかもしれない』

表情を変えずに、抑揚のない声音で単調に言われ、背筋がゾクリとした。

これは、彼女の…美月さんの婚約者であった香坂先生と、半ば騙すような形で関係を持った、私への復讐?

もしそうなのだとしたら、私は甘んじて受け止めなければいけない。

ある意味その覚悟の上で私は…。

そう自責の念に苛まれていると、いきなり美月さんが噴き出すように笑い出した。

『あ~もう、ちょっとやめてよ。そんな怖い顔して、真面目に受け止めたりしないで。冗談に決まってるでしょ』
『冗…談?』

こちらの動揺などお構いなしで可笑しそうに笑う彼女の、その無邪気さに少し苛立ちを感じてしまう。
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