Beautiful moon
『透のあれってね、きっと愛情表現の一つだと思うの。ほら動物とかがよくじゃれて噛むことあるでしょう?あれと同じで、相手がどこまで許してくれるのかって試しているのよ』
『…て』
『だからそれと同じような感覚でつい噛み付いて』
『やめてくださいっ!!』

耐えられずに、膝に置いた両手をギュッと握りしめ、正直な気持ちを口にする。

『そういうの、口に出すことじゃないです…それに、あんな…全然気持ち良くなんか』

言葉に詰まり、喉の奥から絞り出すように続ける。

『…そもそも先生は、私を抱いたわけじゃない』

あの時、あの時間、私を欠き抱きながら、何度も先生が口にしたのは美月さんの名前だけ。

私の名など、ただの一度も出てきてはいない。

虚無感と背徳感に苛まれ、いたたまれない気持ちで心臓が押しつぶされそうになる。

気を抜けば溢れ出そうになるものを必死に堪えた。

『…ごめんなさい』

スッと伸びてきた白い手が、膝の上に強く握りしめたままの私の手に重ねられ、反射的に顔を上げ美月さんの方をみれば、ひどく申し訳なさそうな瞳で、もう一度謝られた。

『意地の悪い質問したりして本当にごめんなさい…透があなたをどう抱いたのかなんて、私、全部知ってるくせに』

夢の中で感覚など無いはずなのに、彼女の細く白い手の感触がわかるような気がした。

そこから流れ込む、どうすることもできない彼女の思念やもどかしさも。

『透のこと、好きなのね』

繰り返す波音の間に聞こえた、小さな呟き。

その断定的な言葉に、もうこの人にはすべて見透かされているのだと観念するしかない。
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