Beautiful moon
陽はいよいよ水平線に沈み、あたりは一気に薄暗さを増していく。

『…夢って、不思議ね』

美月さんの声が、さざ波の合間に落とされた。

『見たいと思う夢ってなかなか見れないくせに、どうでもいい夢ばかりを見たり。そういう経験、あなたもあるでしょう?あれって、どうしてだか知ってる?』
『知りません、そんなこと今はどうでも…』

”どうでもいい”…と、口にしようとして、ハタと思い立つ。

普通に考えたら同じ状況で、こうして夢であっても逢える術を知り得たなら、誰よりも真っ先に最愛の人に逢いに行くに決まってる。

きっと美月さんもそうしたに違いない。

でも、今もそれが叶っていないということは…。

『私はそういった専門知識はないけれど、それってもしかしたら、その人の想いの強さが関係しているのかもしれない』

数歩先に立つ彼女を見上げるも、こちらに背を向ける美月さんの感情は読み取れない。

『実はね、何度も入ろうとしてみたのよ、透の夢に』
『…!』
『何度も入ろうとしたけど、どうしても駄目だった。まるで何か見えない壁に阻まれるように、毎度弾かれてしまうの。私に逢いたいという思念が強すぎて、入る隙がないみたいに』

美月さんの頭上には、落ちたばかりの陽の余韻で、まだ漆黒には程遠い薄紫色の空に、瞬き始めるいくつかの星。

それと同時に、少しずつその輪郭を現していく乳白色の月が見える。

『皮肉なものでしょう?ずっと私の死を受け入れられず、私に逢いたいと強く願うことが、実は逆効果だなんて』
『そんな…』

彼女が嘘を言っているようには思えず、そのどうしようもできないもどかしさが伝わってきて、続く言葉がすぐには出てこない。
< 30 / 44 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop