Beautiful moon
『きっとこのままじゃ、いつか自らこちらの世界に来るための行動を起こすんじゃないかって、怖くて不安で…だって私には、それを止めることさえできないから』

かすかに震える声音から、どうすることも出来ない彼女の悲しみや悔しさが伝わってくる。

昨晩、先生のその危うさを感じ取った私には、彼女の気持ちが痛いほどわかる。

確かに先生のすぐ近くには、”死”への誘いが漂っていた。

おそらくその悪魔の囁きに抗おうとする先生の自我が、ゆっくり薄れつつあることも気がついているのだろう。

『…いっそのこと先生もこちらの世界に、とは思わなかったんですか』
『まさか。そんなこと一度も考えたことなんてないわ』

ピシャリと、即座に答えが返って来た。

彼女の目が、心外だと言わんばかりに鋭くなる。

『短かったけれど、私の人生は透のおかげで幸せに満ちていたもの。彼を愛し愛された生涯は生まれ替わった先の人生の糧となる。これはね、生涯を全うしなければ得られない称号のようなものなのよ』

組んだ手を胸元まで上げると、聖母のように慈愛に満ちた表情でゆっくりと瞬きをし、揺るぎない眼差しを私に向ける。

『透の人生はまだ終わっていないし、途中で離脱なんてしたら、私と過ごした日々までもがゼロになってしまう…そんなことは絶対にさせたくない』

断言するように言い切った。

それは細く華奢な身体からは想像ができないほどの、強く熱い想いが溢れ出たような気がした。

この人は本気なのだ。
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