Beautiful moon


先生の名は、香坂 透(こうさか とおる)

高校時代、2年から3年までの2年間、現代国語の教諭であり、私にとっては3年時のクラス担任でもあった。

確か当時、27歳だと言っていたので、今は33か4くらいか。

マッチ棒のようなシュッとした歩き方も、前髪を中央で分けた髪型も、ひと回り近く年下の私にも威圧感ゼロのフランクな話し方も、あの頃と何も変わっていない。

見た目で違うとしたら、授業中に必ずしていた黒い太枠の眼鏡をかけていないところと、当時も高身長でほっそりしていたけれど、更にほっそり痩せてみえるとこだけだ。


『ご注文はいかがなさいますか?』


万が一にも、同窓生とかち合ってはマズイと、さっきいた駅から5つほど隣の駅まで移動して連れて行ったお店は、駅前の半地下にある、落ち着いたバー。

店内は適度に薄暗く、会話を邪魔しない程度の音量で流れる曲は、古い洋楽のようで、今日の気分的にはちょうど良かった。

『僕はジントニック、彼女は…』
『ソルクバーノで』
『かしこまりました』

注文を終え、店員が下がると、先生はなぜか声を潜めて可笑しそうに笑う。

『何ですか?』
『いや…あの木崎が、普通に洒落たカクテルを頼んだりするからさ』
『失礼な。25にもなれば、このくらい普通ですよ』
『そうか…木崎達はまだ25か』

先生が眩しいものを見るように目を細める。
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