冴えない令嬢の救国譚~婚約破棄されたのちに、聖女の血を継いでいることが判明いたしました~
 彼は旅先で自由というものを初めて知りました……。日がな一日変わり続ける雲の形はいくら見ていても飽きず、山野を巡れば花々は、色とりどりの姿でその目を楽しませてくれます。そんなことにも目を向けられぬほど疲れていたのだと気づいた彼は、その日暮らしを続けながら流れ者となり、国中を旅する内にある場所でひとりの身なりのよい女性と出会います。

 「楽しそうですね」――川のほとりの桟橋(さんばし)であぐらをかき、ぼんやりと釣りをしていたところに話しかけられた元騎士は、答えなければ興味を失くしていずれどこかへ行くだろうと、だんまりを決め込みますが……女性は長旅でぼろを纏った彼の隣に座ると、ぼんやりと遠くに視線をやり、そのまましばし時が経ちます。

 結局、元騎士は遅れて「ああ。ずっとこういう自由な生活を送りたかったからな」と小さく答えます。すると女性は、そんな横顔を羨ましそうに見つめ、「私にもいつかそんな暮らしができるようになるかしら……」と呟きます。

 身なりからもわかるよう、女性は位の高い貴族の家柄に生まれた娘のようでした。何不自由なく生きられるはず身分の彼女ですが、元騎士は、きっと彼女には彼女なりの悩みがあるのだろうなと察します。そして女性が、そんないつかは来ないだろうということが、薄々勘付いていることも。
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