冴えない令嬢の救国譚~婚約破棄されたのちに、聖女の血を継いでいることが判明いたしました~
 瞑目していたセシリーが真意を問いたださんと目を開いた時――。

「そうは問屋が卸しませんなぁ。『火精よ、我が怨敵を包み、灰と帰さしめよ』」

 いつの間にやら後ろにいたオーギュストが、ぴらりとふたりの頭上に書類を翳した。例の公的な婚約手続きのためのそれは、父の魔法で端からめらめらと燃えかすに変じてゆく。

「――っ! オーギュストさん……あんた、キース並にいい性格してますね」
「はっはっは、これですべて振り出しだ若者よ! 娘が欲しいなら、私を倒してみるがよい」
「はぁ、お父様ったら……馬鹿みたい」
 
 そんなやり取りもなんだか少し楽しげに見えるふたりを放っておき、セシリーはマーシャが焼いてくれた朝食代わりの出来立てクッキーを口に運んだ。

 向かいには、レミュールとマーシャがジェラルドを挟み、今までの分を取り戻すかのように、積もる思い出を嬉しそうに語る姿がある。きっとこれが彼女が皆に取り戻してあげたかった日常に違いない。

(ラナさん、いつかすべてが終わったら……話しに行きますね。これまでのことと、それからのこと)

 話しかけるように手鏡を取り出して見つめた後、窓の外に目をやる。温かい日差しが降り注ぐこの景色のどこかに、彼女は今も旅している……そんな気がして、セシリーは大きく手を振り上げた。
< 552 / 799 >

この作品をシェア

pagetop