冴えない令嬢の救国譚~婚約破棄されたのちに、聖女の血を継いでいることが判明いたしました~
「妻は名うての魔法使いで、私も剣はそれなりに扱えたため、あまり人を雇わずにいたのが裏目に出た。なんとかふたりで力の続く限り魔物を退け、残るは一匹の青い大蛇だけとなったのですが……」

 孤立無援の中で抗い続ける一家を、ぞっとするような深い青色の大蛇が最後まで執拗(しつよう)に追い、セシリーを抱いて逃げるふたりを死の間際まで追いつめた。やむなく彼の妻は命を懸けた魔法で大蛇の動きを封じ、オーギュストが止めを刺した、ということだった。

 幼子を守りながらの戦いは相当過酷なものとなったのだろう。当時を振り返る彼の瞳は商人らしからぬ険しさにすぼめられ、多くは語られずとも事件の凄惨さがうかがえた。

「最後に妻は、『愛してるわ、あなた……セシリーをお願い』と短く言い残し逝ってしまった。あの時のことを、私は死ぬまで忘れない。戒めでもあり、彼女との大切な思い出の一部でもあるから。本当に強く優しく、私などにはもったいない人だった……」

 しばし眼を閉じた後、オーギュストはふっと表情を崩し、ふたりに謝罪する。
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