あやかし通りの恋結び食堂
紺と出会ってから一週間が経った。私はいつものように訪れた得意先で今年一番の大きな声を上げた。

「えぇ!ほんとですか!!」

「うん、ホントに俺もびっくりした」

「そんな……夢みたいなこと……」

「あはは、夢みたいなね。いやほんと俺もこんなご縁があるなんてさ」

新入社員の頃からの営業先である田中インテリア産業の田中社長は唇を持ち上げながら図面を広げて私に見せた。

「ほら、夢じゃないでしょ」

私は図面を手に取ると隅から隅まで目を通しながらバクバクする心臓をなんとか押さえつける。その図面には都市開発の一環で駅前に建設中のタワーマンションに納品する予定の商品欄に、私の勤めるスマイルキッチン株式会社の名前がしっかりと印字されている。

「いやー、俺のとこみたいにまだまだ弱小のインテリア会社に足しげく営業に通ってくれたの如月さんだけだよ。百台宜しくね」

「いやそんな……ちょっと言葉にならないです……いきなりシステムキッチン百台受注なんて……」

「ほんと俺もびっくりなんだけど。たまたま飲み屋で知り合って意気投合した人が大手建設会社の社長さんでさ、新規で建ててるタワマンの施工お願いしたいって言ってくれて全戸百台のキッチンの受注が決まって、俺は買うとしたら如月さんからって決めてたから」

田中社長が唇を持ち上げると胸ポケットからタバコをとりだし火を点けた。

「ほんと如月さんには毎月一台とか酷ければ三カ月に二台とかしか注文できてなくて、申し訳なく思ってたからさ」

「そんなことないです。社長の丁寧な施工と利益重視ではなくお客様の喜ぶ顔を一番に考えている経営理念が魅力的で……社長のような方に施工を担当してもらえたらいいなって……まだ結婚とかもないのに漠然と思ってしまうくらいに」

「あれ、如月さんそんな風に俺のこと思ってくれてたんだ?今度飯でもどう?……って言いたいとこだけど、可愛い嫁さんいるんで」

「もうー知ってますよ。あんまりからかわないでください」

田中社長は「ごめんごめん」と笑い飛ばすと、白い煙を天井にむかって大きく吐き出した。

その白い煙にふと紺の言葉を思い出す。

(白いもの……相手の印象を爽やかに清潔感と安心感を与えてくれる……仕事運アップって言ってたっけ……)

「てことで、三カ月後に現場納品お願いね」

「あ、はい!宜しくお願いします」

私は深々と頭を下げて事務所を後にすると、いつも俯きがちに歩いていた姿勢をしゃんと伸ばして空を見上げた。


(こんな嬉しい誕生日久しぶりかも…)

今日は私の二十一歳の誕生日だ。父が死んでからお祝いしてくれる人もプレゼントをくれる人もいなかったが、今日は一人きりで過ごす誕生日でもなんだか心が浮かれてしまう。

見上げた空は鮮やかな青色が広がっていて真っ白な綿菓子みたいな雲がふんわり浮かんでいる。私はポケットの中のスマホにぶら下がっているお守りをぎゅっと握りしめた。
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