元彼専務の十年愛
滲む視界に、シーツをゆっくりと這う右手が見えた。
何かを握ろうとしているように見えて、思わずその手を両手で包み込むと、うっすらと目を開く颯太の姿が映る。

「颯太!」

私の声を辿って、虚ろな目でゆっくりとこちらを向いた颯太が、ふわりと笑みを浮かべて私の手を弱々しく握り返し、再び目を閉じた。
その顔はさっきほどつらそうではなく、肩を撫で下ろした。

「有沢、もう大丈夫だよ。俺はこのまま帰るし、送っていく」
「いえ、ここにいます」
「…わかった。俺も明日の朝一でまたここに来る。簡易ベッドを用意してもらうように言っておくから、有沢も寝てな」
「はい」

隆司先輩は私の肩をポンと叩き、病室を出て行った。
返事をしたものの、ベッドで悠長に眠っているわけにはいかない。
神経を研ぎ澄ませていないと、颯太が消えてしまいそうな気がするのだ。
これは完全にトラウマというものなんだろう。
だってあのときは、もう少し遅かったら本当に死んでいたかもしれないのだから——


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