元彼専務の十年愛
目が覚めたら病院のベッドの上だった。
何がどうなっているのかよくわからず、ふと横を見て、ベッドの端で両腕を枕にし、うつ伏せて眠っている彼女の姿が目に入った。
ああ、そうだ。彼女が心配して電話をくれたんだ。

「有沢」

声をかけると、パチッと目を開いた彼女が上体を起こして身を乗り出した。

「先輩、大丈夫ですか?」

頷く俺を見て、彼女は涙を浮かべて笑った。
40℃の熱と脱水症状。
あのままひとり倒れていたら、どうなっていたかわからない。

『有沢から颯太を助けてくれって泣きながら電話がきて、何事かと思ったよ』

あとで隆司に教えられ、さんざん怒られた。
『もっと周りに頼ることを覚えろ』と。
そして、病院から帰宅した彼女が熱を出して寝込んだことも聞いた。
気を張っていて疲れが出たようだと愛花が言っていた。

誰も俺の体調の変化には気づかなかった。
小さいころからつるんでいる隆司でさえ気づかなかったと言っていた。
けれど、平気なふりをしてもなぜか彼女には見透かされる。
あの親善試合の日もそうだった。

『私、何もできなかった…』

あの時、きっと彼女は俺を心配してグラウンドに戻ってきてくれたのだ。

誰にも言えなかった。
自分が頑張らないと。明るくいないと。気丈に振舞っていないと。
母子家庭で育ち、ひとりでやらなければならないことが多かったからなおさらなんだろうか。
俺はそういう性分なのだ。
けれど、俺は自分が思うほど強い人間じゃなかった。
弱い自分に気づいてくれたから彼女を好きになったわけじゃない。
生真面目で無理をしがちな彼女を守れるように、見栄でも過信でもなく、本当の意味で強くなりたい。
そう思ったのだ。

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