元彼専務の十年愛
父が亡くなってから、バイトを始めたためしばらく実家へは帰っていなかった。
その間に母が体調を崩しているなんて考えもしなかった。
思えば、父を亡くしてひとりになってしまった母が弱るのは当然のことなのだ。
颯太が長期出張の間に母に会いにいくべきだったのに。
今さら悔やみながら新幹線と電車を乗り継ぎ、2時間半の距離を移動する。
実家に着くと、顔を覗かせたのはずいぶんやつれた母の姿だった。

「悪いわね、紗知。忙しいのに」
「ううん。大丈夫?」
「ええ。薬でだいぶ良くなったわ」

平静を装ったけど、その変わり様に内心とてもショックを受けた。
染まり損ねた白髪も目について、胸が締め付けられる。

「颯太くんのおかげで借金はなんとかなったけど、お父さんが亡くなってから身体の調子が少し悪くなっちゃってね。もう歳だもんね」

苦笑いする母に、どんな顔を返せばいいのかわからない。

「ごめん、お母さん。やっぱり私、地元で就職先を探せばよかった」
「何言ってるの。立派な会社に入れたんだから、うちのことなんて気にしなくていいのよ。それに、今の会社に入れたおかげで颯太くんとも復縁できたんだし」

心に重い鉛がのしかかる。
3ヶ月後には『婚約破棄』の話をしなければならないのだ。
母をがっかりさせてしまうのは間違いない。
かと言って今打ち明けるわけにもいかない。

「…うん、そうだね」

後ろめたい気持ちになりながら、強張る顔に無理やり口元だけ笑みを作って母に応えた。

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