元彼専務の十年愛


はらはらと雪が舞う日だった。
窓は結露し、気温はずいぶん低かったが、腕に抱いた彼女が熱いくらいの温もりを俺にくれた。

多分、彼女よりも俺のほうが必死だった。
怖がらせないように。
痛くないように。
壊してしまわないように。
けれど、身体はつらいだろうに彼女が微笑んでくれたから、愛しくて仕方なかった。
世の中にこんな幸せがあるのかと、大袈裟じゃなく本当に感動した。
これから先もずっと、彼女のことを大切にしていこう。
俺が思うのと同じように、彼女にも幸せだと思ってもらいたい。笑顔にし続けたいと、あらためて思った。

しばらくして、もぞもぞと動いた彼女が俺の肩をくすぐり、寝ぼけ眼で顔を上げる。

「起きた?身体大丈夫?」

声をかけると、急に色々思い出して恥ずかしくなったのか、頬を赤く染めながら視線を彷徨わせ、そのまま俺の胸にボフッと顔を埋めた。
思わず噴き出して後ろ髪を撫でた。
溢れ出る気持ちを言葉にしようとして躊躇った。
『好き』じゃ全然足りないのに、『愛してる』なんて言葉は、まだまだ子どもの俺には不相応な気がして。
他にどう表現すればいいのかわからず、やっぱり俺はいつもと同じことしか言えなかった。

「紗知、好きだよ」

いつか立派な大人になって、『愛してる』という言葉を堂々と言えるようになりたい。
そう思っていた。



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