元彼専務の十年愛
隆司がデスクに手をついて身を乗り出す。
その顔から、先ほどまでの怒りは感じない。

「有沢に勝手に話してごめん。でも、言うべきかどうか最後まで迷ってたんだ。そしたら有沢のほうから連絡がきたから」
「隆司は俺のためを思って色々考えてくれたんだろ?それなら、これはこれで良かったんだと思う。少なくとも俺は…」

幸せな時間だった。なんて言ったら身勝手すぎるだろうと、言葉を止めた。

「なあ颯太、お前は俺の想像を遥かに上回る努力を重ねてきたんだと思う。それを全て会社のために使いたいと本当に思ってるなら、俺は全力でサポートする。だけど、お前は他の選択肢を考えることもできるんだぞ」
「選択肢なんてない。俺の使命はこの会社に尽くすことだ」
「お前はそうやって自分を洗脳してないか?」

かぶせ気味に、強い口調で隆司が問う。
『洗脳』という言葉が全身にぶち当たり、心に動揺が生じた。

「颯太は会社のためのロボットじゃない。現に今、俺にはお前の感情がちゃんと見える。どうしようもなくつらくて壊れそうだって、表情が訴えてる」

何も答えられず沈黙すると、隆司が乗り出していた身体を起こした。

「とにかく待ってるから、仕事がひと段落ついたら言って」
「…ああ」

曖昧に返事をすると、隆司は部屋を出て行く。
静かに閉まったはずのドアの音が、妙に頭に響いた。

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