元彼専務の十年愛
紅葉の名所の公園には、自宅から歩いて3分ほど。
もう散っていると思ったけれど、まだ懸命に枝にしがみついている赤い葉がところどころある。

『いつかさ、結婚記念日も、誕生日と交際記念日と同じになったらいいな』

…ここにも、颯太との幸せな思い出がある。
故郷に戻ってきたからには、彼と過ごした時間は色々な場所から、様々な場面から感じ取れるのだろう。
そしてそのたびに胸が痛くなるのだ。
彼は『幸せに』と言ったけれど、きっとこれが私にとっての幸せになっていくのだと思う。
まだこの鮮明な痛みを受け入れられるほど強くはなれないけれど、いつかそれさえも愛おしく思える日が、きっと…

「紗知」

聞き馴染んだやわらかい低音が後ろから聞こえた。
幻聴かと思って数瞬反応が遅れた。
振り返ると、颯太がこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。

「颯太、どうして…」
「家を訪ねたら散歩に出たって言うから、ここかなと思って」

そういう話じゃない。どうしてこの町に来ているのかと私は聞いているのに。
ここではたと思いつく。

「もしかして、婚約破棄についてわざわざ謝りに?」
「違うよ。『俺にはやっぱり紗知さんが必要です』ってお母さんには言ったんだ」

わけがわからず戸惑っていると、颯太はおもむろにポケットから何かを取り出す。
それは、あの日書斎で見たリングケースだった。

「あの時、1ヶ月も前から準備してた。紗知が寝てる間に指のサイズを測って」

切なげにリングケースに視線を落としていた颯太が、真っ直ぐに私を見つめる。

「安物の指輪で悪いが、婚約指輪として受け取ってくれないか?そして、本当の婚約者として少し待っててほしい。仕事を片付けたら、必ずここに帰ってくる」

力強い言葉が胸を打つ。
これは夢…?
頭の中で疑いつつも、目には正直に涙が浮かんでいく。

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